深夜――トリステイン魔法学院・ルイズ居室前の廊下――


結局、入れと言う声はかけてもらえず廊下で立ったままか。

別に立ったまま寝て身体を休める等と言う事も戦場生活で必要に迫られ、出来るようになっている。

それにここは風雨の心配が無く矢の雨や魔法の攻撃で寝込みを襲われる心配が無いのだ、この十七の若い身ならばこの程度で休息としては十分。

……だからと言ってベッドで寝たく無い訳ではないし、この石造りの建物の廊下はこの時間帯はそれなり以上に寒くて仕方が無いがの。

「お、お前は暖かそうで羨ましい限りだな」

「きゅ?」

「悪いがこちらに来て貰えんかの、石造りの建物はこの時間帯は冷えていかん」

とりあえず、キュルケにはまだ会っていないが何故かフレイムが部屋から一人で出て来たのでお願いしてみたらこっちに来てくれた。

うん、暖かい。

それにしても火蜥蜴と言う名で火を吐いたりする上、尻尾が燃えてたりする割には抱き締めても何の問題も無いと言うのは不思議な話よな。

ま、そんな事は考えるだけ無駄だからどうでも良いけど。

「しかし、火山の中で生活して居ったのなら、お主にはこの国は寒過ぎるのではないかの?」

「きゅる」

我の言葉に対する答えは首を左右に振る、否定。

「ふむ、大気中のマナか何かを使って体温を保持しておるのか?」

「きゅ」

今度は首肯。

なるほど、それなら納得も出来る。

隣に立つ俺も暖かいと感じて居られるのは、自身を暖めているその余波と言う事か。

「やはり、幻獣ともなると人と違う理論で魔法を使って居るんだなぁ」

「きゅ」

再び首肯。

頭の良い事だ、本当に。

「……そうだ、フレイムよ」

「きゅ?」

小首を傾げられる。

これは、何故名前を知っているのか、と言う感じか?

言葉のわからぬ我には想像するしかないのだから気にするだけ無駄なのだがの。

「お前の主人には伝えないで欲しいが、お前にだけは言っておこうと思う」

「きゅるきゅ?」

「我は守護者。
 その守護すべき者の筆頭に立つのは我が主だ。
 だがな、お主の主もまた我が護るべき者の一人なのだ。必要とあらば我を呼ぶが良い、我は必要とあらば万軍の敵すら屠ってみせようぞ」

「きゅるきゅる?」

意味がわからないと言う事か、コレは?

「簡単に言えば、助けが必要ならば呼べ。
 全てを投げ打ってでも助けに行くとは約束出来ぬが、我の持てる全てを用いてお前の主を我も護ると言う事だ」

「きゅ!!」

「む、別にお主の仕事を奪うと言う訳ではないぞ?」

「きゅる」

なら良い、と言ったところか。

それにしても、人の言葉を話せぬ存在と会話すると言うのもまた一興よ。

こちらの言葉を理解してくれているだけに、連想ゲームのようなモノ。

違ったら違うと首の動きと雰囲気だけではあるが否定もしてくれるのだ、相互理解が不可能と言う訳でもない。

フレイムとの会話はそれなりに有意義だと言え無くもないのだが、やはり相槌が『きゅる』としか返って来ないのは存外退屈なモノだ。

通訳と言うか、もう一匹くらい誰かの使い魔が居てくれれば良いのだが。

「……ヴェルダンデを誘拐してシルフィードにでも会いに行かないか、フレイム?」

「……きゅ?」

「いや、ただの冗談だから気にするな」

ヴェルダンデの事はまだ知らないのかもしれないし、シルフィードの事もまだタバサから聞いていないのかもしれない。

タバサとキュルケの事だから一緒に召喚していただろうから、俺がシルフィードの名前を知っている事に疑問を抱いているのかも知れないが。

普通ならばする必要もない心配であろうがどうやらフレイムはなかなかに頭が良いようだし、油断は出来ぬ。

まぁ、実際の話ただの一人言のようなモノだから、どうでも良い事なんだがな。

あ〜、でも、この会話をキュルケが聞いてたらどうしよう。

困った事になるかもしれないが、それもどうにかなるか。

「フレイムよ、我はしばし眠る、用があれば起こすが良い」

「きゅ」

「おやすみ」

「きゅるきゅる」

ふむ、本当に頭の良い。

眠るとするか。

明日何があると決まって居る訳ではないのだが、そうせねばいかん様な気がするから。







早朝――トリステイン魔法学院学生寮・ルイズ居室前の廊下――


「きゅ!!」

「……ん、朝、か、どうした?」

服の袖を引かれる感覚と声に反応して目を開けると、フレイムが何かをお願いする目で俺の顔を見上げて来ていた。

そして、俺が起きたのを確認するとキュルケの部屋の前にまっすぐ移動し、俺の顔とドアノブの辺りを交互に視線を左右させる。

「……キュルケを起こすから部屋に入りたいが入れないので開けろ、と言う事か?」

「きゅ」

その通りらしい、何故か何処と無く誇らしげに頷かれた。

主を起こす自分を褒めてくれと言う事だろうか?

良くわからんが、とりあえずフレイムの頭を一つ撫で、扉を開けてやる。

「きゅ!!」

「うむ、別に気にせんでも良い」

『ありがとう』と言われた気がしてそう答え、フレイムが部屋に入ったのを確認して扉を閉じる。

鍵くらい掛ければ良いだろうに、若い女が無用心な。

我の主にも同じ事を言えるのだが。

「って、それはそれとして、フレイムはどうやって部屋の外に出たんだ?」

謎の誕生だな。

キュルケと知り合いになれたら聞いてみよう。

「っと、彼女が起きる時間ならばルイズも起こした方がよかろうな」

呟き、ルイズの部屋の扉を開ける。

「む?」

と、何故かすぐそこ、床の上にルイズが毛布に包まり眠っていた。

「……これは、毛布を持って我を呼びに来た所で俺を中に入れるかどうか悩んでいる間に寝てしまった、と言う事かの」

まこと、愛らしい主よ。

だが、まぁ、この意地っ張りの主の事。

我の事で思い悩んでいる内にこのような所で寝てしまったと知れば力一杯暴れ回るであろうな。

「なら、この毛布は俺が受け取ってルイズは俺を部屋に呼び込んで自分のベッドで寝たんだ」

それを確かにする為にルイズを抱き上げベッドに運び、俺の毛布を取り上げてその代わりにルイズの毛布で包んでやる。

俺の毛布は部屋の隅に畳み置き、ルイズの着替えをサイドテーブルの上に用意する。

「さて、水汲みは……今日は用意してあるようだな」

おそらくは昨日、俺がシエスタと話している間にでも誰かが持ってきたんだろうな。

「では起こそうか、ルイズを」

だが起こすとして、どうやって起こすか。

遊ぶか、真面目に起こすか、どっちが良いだろう?

「ふ、悩むまでもないか」

ベッドに腰を下ろし、ルイズに覆いかぶさるようにする。

「ルイズ、朝だぞ」

囁き掛けるように小さな声で呼びかける。

が、当然この声の大きさだ。

まだ目を覚まさない。

肘を曲げ、ゆっくりとルイズの耳元に唇を寄せる。

「ルイズ、起きろ」

今度は普通の大きさで、耳に息を吹きかけるようにして声をかけるとうっすらとルイズの目が開いた。

「ふぇ?」

まだ、寝ぼけているのか現状が理解出来て居ないらしい。

「おはよう、ルイズ」

「ん、おは、よ、う?」

横顔を見ながら笑顔で囁き掛けると寝ぼけていた顔がゆっくりと覚醒して行き、まず何かを確認するように手でベッドを叩いてその感触を確かめ、ぎこちない動きで天井を通って場所を確認。

次いでゆっくりとこちらを向き、俺の顔を確認すると沸騰するんじゃないのか、と言う勢いで耳まで真っ赤にして固まる。

服装の確認をしないのはネグリジェだけで下着を身に付けずに眠る習慣があるからだろうか?

「何だ、俺の顔を見て固まったりして、おはようのキスがしてほしいのか?」

「っ、なっ、なな、なっ、なん、ちが、え、ええっ!?」

混乱ここに極まれりと言った所か。

うん、やっぱりルイズはこんな感じでワタワタしてるのが愛らしくて良い。

大人になると冷静になってこう言う仕草を見せてくれ難くなるから、今の内に堪能しておかなければ。

……やり過ぎて追い出されるのも問題だから、ほどほどに手加減しなければいけないが。

「起きたのなら着替えをしなければな、また手伝おうか?」

「い、いいっ、いいから、アンタは部屋から出て行けぇっ!?」

「ああ、了解した」

爆発したルイズにそう短く答え、部屋を出る。

しかしなんだな。

久方ぶりに朝の光の下でルイズの肢体を見たかったのだが、少々やり過ぎてしまったらしい。

「そうそう、着替えはサイドテーブルの上に置いてあるぞ」

「さっさと出る!!」

怒鳴り声と飛んで来た枕を扉で遮り廊下に出ると、キュルケが居た。

「おはよう、お向かいさん」

「……おはよう」

不審者を見る目だな、キュルケよ。

だがな、逢引きの名の下に窓からお前の部屋に侵入しようとしたりする者達よりはよほど俺はまっとうだと思うんだが?

刻印も隠しているし、別に普通と少し違う服装の平民が居るくらいでは驚くに値しないだろうに。

「何者?」

「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔で平賀才人と言う」

「ヒラガサイト……変な名前ね」

前の時はルイズの使い魔云々って事で笑われた気がするんだが、やはりルイズが居ないからテンションが低いのか?

「……貴方、人を殺した事、あるんじゃない?」

「ふむ、これでも戦場に立った経験もある身故、殺した経験ぐらいは持ち合わせているな」

気付かれたか。

国境沿いの領地を治め軍人を多数輩出している家だけあって、人殺しを知っているのか。

……ルイズも同じ立場だが、気付いてなさそうなのはどうかと思うが。

まぁ、その理由は俺にあるんだがな。

「確かに子供の頃に会った戦争を経験したって言う人に似てるけど、何か違うのよね、貴方」

「まぁ、踏んできた場数と、その質の違いではないかの」

背後に虚無の使い手が居て、風と水と火と土のメイジが居て、それぞれの使い魔が居た。

皆、心強い存在であった。

我に護りをもたらし、傷つけば癒しもしてくれた。

そして何よりも、時間さえ稼げば強大な魔法で敵を討ち滅ぼしてくれた。

だから、俺は皆の前に立ち、壁となって戦った。

時には幾百幾千幾万の敵の前に一人立ち、背後に居る皆を護る為に剣を振るった。

万軍が相手で皆の魔力が尽きてしまった後も戦い続けた。

体力が尽きた後は精神力を振り絞り、精神力が尽きれば命の残り火を注ぎ込んで戦った。

経験の中には皆を護り抜き力尽きて死んでしまった事も、護りきれずに目の前で殺された事も、それこそ俺の戦いぶりを見て俺の存在を疎ましく思った者達の手で皆と共に毒殺された事もある。

そんな経験を経た『平賀才人』が集まって出来たのが今の俺なんだからな、普通に戦争を経験しただけの人間と同じ訳も無い。

これで、普通の戦争に参加した人間と同じだと断言されたら泣くぞ、我は?

「なんて言うか、危ないわ、貴方」

「かもしれぬな」

それは、否定出来ない。

数え切れぬほどの『平賀才人』が混ざって出来上がったのが我なのだ。

その中には狂気に染まった我も居るのだからな。

改めて考えると、皆が怯えていたのはそれが原因なのやもしれぬ。

「良くわからないけど私は貴方が怖い」

「ストレートに言ってくれる」

「だから、貴方を監視させて貰うわ」

「ふっ、自由にすれば良い」

言うべき事と言うか言いたい事を言うと、キュルケはこちらを振り返りもせずにフレイムを引きつれ食堂に向かって行く。

フレイムが申し訳なさそうに振り返るのがちょっと可愛らしい。

それにしても、此度の出会いは良いモノではなさそうだ。

とは言え、前回の出会いも最良と言う訳ではなかったのだから、これからに期待するとしよう。

ハーレムなんて無茶なモノに手を出そうとしているんだ、困難が存在している事など最初から理解していたのだから。

まぁ、こんな扱いが嬉しいと言う訳も無いのだが。

「……ん、もう準備は良いのか、ルイズ?」

「キュルケに何をしたのよ?」

「何を、と言われてもな、何もしてはいないが?」

俺とキュルケの話を後半辺りから聞いていたであろうルイズに答え、振り返る。

ルイズの顔に浮かんでいるのは、不審の一言、か。

照れとかが混ざっていたら嬉しかったんだが。

「言いなさい、ちゃんと」

「ルイズに隠し事をするのは少し心苦しいんだが俺にも事情があってな、理由の一端は言えても全てを話す訳にはいかない」

「……じゃあ、その一端を説明しなさい、とりあえず今はそれで良いわ」

何と言うか、記憶にあるルイズよりも微妙に大人っぽいな思考が。

胸はそのままなんだが。

「っ、アンタ今、何処を見て、何考えてた?」

「胸を見て、俺好みのサイズだと思った」

「っっっ!!!!!!!」

基本は変わりなさそうだがな、どうやら。







十分後――トリステイン魔法学院・食堂――


暴走するルイズを落ち着かせるのに十分もかかった。

ルイズの扱いにはそれなりに自信があるつもりなんだが、どうにも勝手が違う。

俺自身が複数混ざっているのもあるし、ルイズが俺に慣れていないと言うのもあるんだろうが、我が事ながら不甲斐ない。

それはそれとしてルイズの為に席を引き、座らせて簡単にではあるが説明をする事にしよう。

ちなみに、朝は同じ時間に食べる事が決まっているのかほとんど全ての席が埋まっている。

タバサは……うん、キュルケの側に居た。

キュルケから話でも聞いたのか、血の匂いでも嗅ぎ分けたのか。

タバサもキュルケ同様にこっちを見ているようだ。

「さて、説明、してくれるわよね?」

「いや、もう少し待てば祈りが始まるだろう。 途中で会話を区切らるのも気持ちよくは無いだろうし、祈りが終わるまで待ってくれ」

「……わかったわよ」

そんな会話を交わしている間に人が集まり、時間が来たのだろう、

食堂内が沈黙に包まれゆっくりと祈りの言葉が告げられる。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。 今朝もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝いたします」

そして食事が始まる。

「さて、何から話すべきかな?」

「……生まれは?」

「東、ロバ=アル=カリイエより更に東、日本と呼ばれる国」

食事の合間に問われる言葉に答えていると偶然なのかそうしようとしていたのかは知らないが、側の席に座っていたキュルケとタバサがそれとなくこちらを気にして居るのがわかる。

興味と言うよりは監視だろうか、これは?

「戦争、参加した事、あるの?」

「ああ、日本と言う国自体は戦争なんてもうしてないんだが、俺は個人的な事情があって参加した」

「その事情って?」

「それは説明出来ない」

苛立ってはいるのだろうが食事中だ。

怒鳴る事もせず表面上は何と言う事はないと言う顔をしているが、怒鳴り散らしたいのを耐えているらしくフォークを握る手が白くなっている。

だが、未来においてルイズと共にあり、ルイズを護る為に参加し、戦った等と言っても信じられる訳がないだろう。

「キュルケと言うのか、向かいの部屋の彼女が俺を警戒した理由はそこで色々と体験した結果を俺の仕草や何かから見て取ったんだろう、おそらく」

「……私が気付けなかった理由は?」

「何、使い魔として人間を呼び出してしまった事に混乱していて、更に俺がそれを助長していたからそれで気付けなかっただけだろう」

「何で、そんな事をしていたのかしら?」

「慌てふためくルイズが可愛らしかったから」

「ッ!?」

おお、真っ赤になったな。

場所が場所なら追撃するところだが、今日はここまでとしておこう。

「我の武器に関しては近日中に紹介しよう、今は手元に無いからの」

「紹介?」

「まぁ、見ればわかる」

詳しく説明しても良いが、実物を見ない事にわからないだろうしな。

「わかった」

「でわ、これからしばらくは給仕に勤めさせてもらおう」

「……最後に聞きたいんだけど、何でそんな仕事に慣れてるの?」

「ああ、それは戦場にも立ったが執事として勤めた事もあるからだ、その時に先輩の執事から色々と教わった」

「どんな事よ?」

「主に礼を尽くす必要はある。 あるけどとりあえずからかって遊んで主の心の負担を軽くするのも執事の務め、その際に負担が多少重くなっても自分が八つ当たりの対象にされるだろうから問題なし、と」

「そんな教えは忘れて!?」

「無理」

俺の浮かべる爽やかな笑顔に、力尽きたようにうなだれるルイズ。

そして横目で見ると、俺達の会話を聞くとは無しに聞いていた面々が痛ましげな目でルイズを見ていたのがそこはかとなく笑いを誘ってくれる。

キュルケとタバサの俺を見る目がただの危険人物を見る目から、“色々な意味で”危険な人物を見る目に変化したような気もするがきっと気のせいだろう。

偶然ではあるが、シエスタがこの場に居なかったのがせめてもの幸運と言った所か。







午前中――トリスティン魔法学院・教室――


教室の中は、何と言うか相変わらず雑然としている。

幻獣と呼ぶに値するモノからそこらでも見られる犬猫烏に蛇と言った使い魔まで、節操なしに大集合している。

しかし何で皆が皆、使い魔を教室に連れ来ているんだろうか?

いや、ルイズの隣で周りの邪魔者を見る目を無視して立って居る俺が言えた口ではないがな。

「……そんなとこに立ってないで座りなさい」

「座ると言うのは床の上とその椅子、どっちにだ?」

「床」

そっけなく床を指差される。

ルイズがそう言う態度を取るのならば俺にも考えはある。

「その場合、周りから姿を隠せるので俺は何をするかわからないが大丈夫か、女の子の主よ?」

「っ、なっ、何する気よ!?」

「色々と、だ」

「い……ううん、立ってなさい」

「了承した」

椅子に座る事すら危険と判断されたか。

教室の中に俺達が入った瞬間にはザワザワと小声で何か言っていたのだが、今のやり取りでルイズに対する視線の八割が哀れみに変わった。

ルイズは下手な同情を向けられて喜ぶような性質では無いが、貶されるよりはよかろう。

と、そんな会話をしていると扉が開き一人のおばさんが入ってきた。

……精神年齢で言えば、我はある意味オールド・オスマンよりも年上だったりするのだが。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

穏やかな笑みで周囲を見回し、俺の顔を見て一瞬困った様な表情を浮かべ、ふと何かを思いついたのかくすりと小さく笑みを浮かべる。

「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」

とぼけた、ちょっとした冗談を言うような表情で言い、教室中が笑いに包まれる。

まぁ、これはジョークの類だがら気にせずとも良いのだが、度が過ぎると我としても許す訳にもいかなくなる。

教師陣は貴族の規範足り得る姿を見せようとしているから、話題のネタとして使っただけだろう。

そこまで深くモノを考えていない生徒達とは違い、本気で貶す為では無く。

これに対して怒るのは、少々大人気ない。

「ゼロのルイズ、召喚出来ないからってその辺歩いている平民を連れてくるなよ!!」

からかうつもりで叫んでいるが、面白い。

我が徹底的に、根拠を持って黙らせてやろう。

物理的にしても良いが、口には口を。

精神的に黙らせてくれよう。

「違うわ! きちんと召喚したのにこいつが来ちゃっただけよ!!」

そう思っていたら、まずルイズが口火を切るか。

……頭に血が登り易くて、そうなると上手く口が回らなくなると言うのに、まったく。

「嘘尽くな! 『サモン・サーヴァント』出来なかったんだろう?」

その言葉に、教室中が笑いに包まれる。

そこでルイズが唇を噛み占め、教師の方に何か言おうとしたのでその口を押さえ物理的に黙らせる。

主たるルイズも悔しかろうが、我とて許容出来ないモノはあるのだ。

それなりに分別のある大人ならば笑って許すかもしれぬが、我は老練な老人であり精悍な青年でありどうしようもなく未熟な若者。

故に、選手交代。

「ふむ、では聞くが、そこの猫がお前の使い魔か?」

「そうだよ、お前なんかよりもよっぽど使えるよ」

「我は使い魔の最も重要な職分は詠唱中の主を護る事と聞いたのだが、その猫は数十人の敵からただ一匹でお前が詠唱を終えるまでの時間をしっかりと守り抜く事が出来るのか?」

「っ、そ、それは……」

「我は寡聞にして猫に何が出来るのか、等と言う事は知らぬ。
 それで問うのだが、我にはその猫に出来そうな事と言えば偵察と伝言、後はおつかい程度しか思いつけぬのだが他にもあるのだろうか。
 更に重ねて問うが、偵察以外の事で我に勝っている部分が無いような気がするのだが、説明願えないかな?」

俺のまっとうな疑問に対する答えは沈黙。

同様に小動物を引き連れている面々も沈黙し、戦闘能力のある使い魔を連れて居る者達は余裕の笑みを浮かべ……ギーシュも自身満々って顔をしているな。

いや、まぁ、ゴーレムを作ってそれを前面に立たせ戦わせるのが基本戦術になっているギーシュなら、ヴェルダンデは最良とまでは言えないかもしれないが悪くは無いのであろう。

ヴェルダンデがトラップを作り、そこをゴーレムで叩く。

そこに魔法を使った罠の類を追加する事も可能だし、悪くは無い。

ヴェルダンデの穴を掘るスピードは召喚術で呼び出されただけはあると言うべきか、普通のモグラとは比べ物にならないほどに速いからの。

欠片ほども関係の無い話ではあるが、モグラは漢字で書けば土竜だし。

思考が少々逸れたな。

修正しておこう。

「何だ、説明してくれぬのか?」

「ぐっ……」

追い討ちをかけてみるも答えは無し、か。

何事も使い方によってどうにかなると言う者も居るが、基本的に猫で軍人相手にどうしようもなかろうからな。

どうにかする事が出来るなら、正直かなり興味深いが。

だがしかし、我の言葉には穴があるのだがな。

それこそ、落ちたら復活するのに時間のかかりそうな大穴が。

実際の話、“使い魔”の猫にしか出来ぬ事など調べればかなりの数存在するのだ。

幻獣を呼べぬ者が召喚する使い魔の中ではかなりオーソドックスなのが猫なのだから、その応用法等それこそ星の数ほどもある。

しかし、知らぬのならばそれで良い。

このまま叩き潰してくれよう。

「それと平民もそこら辺を歩いて居るかもしれんが猫もそこら辺に居るであろうに、人の事を言えるのかお主に?」

「なっ、貴様、平民の分際で貴族の僕を侮辱するのか!?」

「小僧、女を蔑み、それに対する反論で正論に言い負かされたから感情のままに侮辱と叫ぶその様が、貴様の言う貴族か?」

何と情けない。

……実は正論などとんでもない、屁理屈だらけの詭弁なのだがな。

「ミスタ・マリコルヌ、ミス・ヴァリエールの使い魔も、落ち着きなさい」

強い拍手が一つ打たれ、そこで仲裁の言葉が入る。

悪くないタイミングだ。

生徒間のこう言う口論は良く在る事なのだろう。

貴族を育成すると言う看板を掲げているのだ、舌戦を行うのも珍しくはないのだろうからな。

「使い魔の事に関しては様々な側面が言える事ですし、何よりも冗談とは言え私が発端だから強くは言えませんが、この話題はここまでです」

「でも、ミセス・シュヴルーズ!!」

「落ち着きなさいと言っているでしょう、彼の言っている事は間違いではありませんよ?」

「っぐ」

マリコルヌとやらはその一言で沈黙する。

この勝負は我の勝利だな。

後で闇討ちに会わぬ様に注意せねば。

我が狙われるのであればどうとでもなるが、ルイズが狙われたりしたら厄介だから。

……まぁ、そのような愚挙を行えば、己から死を望む様な責め苦を与えてやる所だが。

「それでは、授業を始めますよ」

一瞬、ミセス・シュヴルーズと目があったが、我の詭弁について気付かれていたらしい。

呆れたような笑みを向けられてしまった。

我を使って使い魔を召喚出来た“だけ”で喜び、出来る事を調べたりするのを怠った者達に対する啓発としたか。

やはり、貴族の教師を務めるような人だけあって抜け目無いな、まったく。

そんな、我にだけ負けを認識させ、ミセス・シュヴルーズは授業を開始した。

ただ、その負けを意識し過ぎてルイズの練金を止め損ねたのは、不覚だった。

まぁ、ガンダールヴの力を用いてルイズとミセス・シュヴルーズの救出に成功したのは良かったが。

その際、使い魔が喰った喰われたと言う騒ぎが起きていたが、それに関しては気にすまい。




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あとがき


ちょっとしたフレイムとの触れ合いの意味はまったくありません

ただ、前話の終わりでルイズがあれだけからかわれてサイトが平民とか使い魔とかではなく一個の“男”だと認識した状態で目の前で着替えたり、ネグリジェ一枚で居られるだろうか、と考えてちょっとあんなやりとりを入れて見ました

キュルケの応対は思いつきです、軍人さんを多数輩出した国境沿いの領地を持つ貴族ですから、もしかしたら気付くかもしれない、と言う事でこんな対応をさせてみました

ギーシュも同じ立場ではありますが、ギーシュが目にしているのは暴走してルイズをからかっている所の方に強い印象を受けているので、対応はそうはなりません

長い付き合いになれば別の目で見る事もあるかもしれませんが

タバサは本人が修羅場潜ったとか言う話ですから、そう言う訳でこんな感じに

口論の前後に関しては、もうちょっとやりようがあったのかもしれません

まぁ、私にはこれが限界でしたが

……でも、ヴェルダンデの扱いが妙に良くなっている気がするのはやはり、私がギーシュ好きだからなのかもしれません




で、以下は前回同様にレス返しの部分です

サイトの一人称『我』に関しては、一応使い分けをしています

我ながら、それが上手く出来ているとは思えませんが

金ピカですか……まったく気付いていませんでした

どうやら、私の描くサイトはFateキャラの複合体になりつつある模様ですね

……意図せずそう認識される方向に進んで行っているのは良い事なのか悪い事なのか

まぁ、私もTYPE-MOONの作品は好きなので嬉しいとか思わなくもないと言うか、正直ちょっと嬉しかったりしますが

さて、何とか次回は決闘シーンに入る事が出来そうですが、ギーシュとの戦闘にするか、原作で名前が一度だけ出て来たマリコルヌとやらを贄として捧げてボロボロになってもらうか、悩みどころです

それでは、今回はこれにて失礼




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