『やり直してみな』




「……は?」

何か妙に威厳に満ち溢れた声が聞こえてきて、目が覚めるとガキの頃暮らしていた家でした。



「いやいや、“でした”じゃなくて」

何事だ、コレは?

とりあえず、現状把握の為に場所……は、わかってるから良いか。

時間、そう、日付だ日付。

カレンダーは、と。

やっぱり記憶通りの場所にかかってる、か。

まぁ、それはともかく、今日の日付は……うん、アカデミーの卒業試験の日か。

念の為に、冷蔵庫の中の牛乳とかの生鮮食品の賞味期限も……って、この頃は別に賞味期限なんて気にしてなかったっけ、俺。

ま、この牛乳は後で捨てるとして、次は鏡だ。

これは……うん、間違いなくあの頃の俺だ。



「……はい?」

いや、ここまで意味不明だとリアクションの取り様が無いな。

「あ〜、良くわかんないけど記憶の通りに行動してみるか」

何で過去に戻ったのかとか、チャクラの量が死ぬ直前の頃のままなのは何故かとか、疑問の種は尽きないが、解決法を考えるだけの時間は無い。

イルカ先生は時間、厳しいから。

「って、そうだ。 口調、どうしようかな?」

本当に、問題が山積みだな。






――アカデミー教室――


お〜、イルカセンセーが若い。

んで、やっぱりミズキのヤローも居るなぁ。

って事は、歴史通りに行くと、


俺落第→ミズキの誘惑→ミズキ里中に言いふらす→イルカ先生俺を発見→俺を庇って深手を負う→イルカ先生の気持ちがわかってついでに俺を認めてくれる→俺下忍に


………ヤだな、イルカ先生が怪我するの。

でもそうしなきゃミズキの処理が出来ないだろうし、ミズキの処理をしておかなきゃ別の何処かで何か悪事をしでかすかもしれないしなぁ。

災いの芽は、早めに摘んでおくに限る。

とは言え、恩人を取るか里の実利を取るか、悩み所だ。

「次、うずまきナルト!!」

はぁ、時間切れ、か。

仕方ない、歴史通りにやって、イルカ先生に怪我をさせない。

この方向でがんばってみよう。






チャクラを分身の術を使うには絶対に足りない様に調整しつつ、それでもチャクラの流れで無理矢理一人分になる様にコントロールして印を結ぶ。

「分身」

分身の術を使う時、絶対にありえない表現不能な音と共に煙が周囲を覆いつくし、それが晴れると俺の足元には手の平サイズの俺が七人。



「…………うわ、俺ってある意味スゲー」



冗談でなく、本気で凄いな、コレ。

もう一回やれって言われても多分出来ないぞ?

って、ああ、イルカ先生、困ってるな、アレは。

確かにこれは判定に困る。

最低限の量だけチャクラを練って、ある程度チャクラをコントロールすれば確かに人数を増やす事は可能だけど、日向とか犬塚とか奈良とかの名家・旧家みたいに親から徹底的に忍術を叩き込まれてない限りは七人に分身するのは難しい。

それに、このサイズでも撹乱とか出来るから足手纏いを増やした訳でもない。

…………そもそも、何で一人になる様にチャクラのコントロールをしっかりやったのに、七人の小人が出来てるんだ?

良く見たら、それぞれ服の色が違ったり、手斧担いだりしてるんだが。

「…………わ、悪い、ナルト、保留にさせてくれ」

「ん〜、やっぱりそうなるかな?」

「とりあえずは不合格に近い保留、だな」

「イルカ先生………彼はもう三度目ですし、一応分身も出来ています。
 何よりあんなのボクにも出来ないし、合格にしてあげても…………」

ミズキ……前の時も一応分身出来たから合格にしてやれって言ってたけど、任務中にあの謎の物体を出してどうしろって言うんだ?

忍になってさっさと死ねとでも言いたかったのかもしれないな、この男。

ま、それは置いておいて、失敗するつもりでこんな結果になったんだけど、イルカ先生はどう判断を下すんだろう?

教師としてはこの学校の中でも一番優秀だし、俺に対する嫌悪の情を捨て去る事が出来た数少ない人間の一人だから、余計に判断に困っているんだろう。

いや、この時期はまだ、自分の想いを完璧に理解しきれて居なかったから、このまま判断したら意思とは別に、情に流されるとか思ったのかもしれない。

分身は出来ているって言うのが問題なんだな、ここは。

チャクラを無理矢理拡散させて消滅させてみようか、意図してなかったのに何時の間にか消えてましたみたいなノリで。

「……………やはり、ダメです」

「何故です?」

「これは応用の領域、基本が出来ないのに応用が出来た……確かにそうやって忍になった者も居ますが、それには私達の独断で認める訳にはいかない」

リーの事だな。

アイツの場合は体術を磨き続け、それを上忍のガイさんに認められて、火影のじいちゃんの認可も受けて、だったから。

ただこの分身が何の役に立つのかと言われたら正直微妙なんだが、認可なんて受けられるのか?

「すまんな、ナルト」

「別に良いよ、不合格って決まった訳でも無いんだからさ」

「…………そうか」

ここまで申し訳無さそうにされると、こっちが悪いみたいな気分になる。

いや、考えるまでもなく俺が悪いんだけどな、こんな不可解な現象を起こしたんだから。

ま、保留になったって事は、ミズキの奴も動く気になるだろうし、結果オーライとでも思っておこう。

問題は後でどうにかすれば良いや。






「父さん、母さん、受かったよ!?」

「良くやった、さすが俺の子だ!!」

「卒業おめでとう!! 今夜はママ、ごちそう作るわ!!」

うん、こうやって見ると微笑ましいし、何よりも羨ましい光景だ。

昔は……この光景がどうしようもなく羨ましくて、イヤでイヤで仕方がなかったんだよなぁ。

「ねぇ、あの子………」

「例の子よ、一人だけ落ちたらしいわ!」

でも、この眼は辛いなぁ。

最近は――正確に言えば未来になるんだろうけど――里の人間からああ言う冷たい眼で見られる事は、妻達の事で未婚の男連中から向けられる嫉妬の目と、まったく異なる種類のアレくらいだったから。

「フン!! いい気味だわ……」

「あんなのが忍になったら大変よ、だって本当はあの子………」

「ちょっと、それより先は禁句よ!?」

はぁ、この視線に晒され続けるのも辛いし、ミズキのヤツでもおびき寄せるか。






「ナルト君」

「……ミズキ、先生?」

振り返ると予想通り、ミズキが居た。

いや、人の目が無くなると同時に話しかけてくるとはどうしようもなく単純なヤツだな。

「ちょっと話があるんだけど、良いかい?」

「うん、わかった」

……あ、ミスった、ちょっとごねて慌てさせてみれば多少は面白くなったかもしれないのに。

ま、ここでごねても意味は無いだろうし、良いか。



――アカデミー屋上――


「イルカ先生、真面目な人だから……小さい頃に両親が死んで、何でも一人でがんばって来た人だから」

「だからって、何で俺ばっかり……(そう言えば、コイツは何偉そうにイルカ先生の過去を勝手に語ってんだ?)」

「自分に似てると思ったんじゃないのかな?」

それは、何か違う様な気がする。

そう言う一面もあるのは確かだとは思うけど、それだけじゃないと思う。

三十年生きてもわかんないとは、情けない。

俺もまだまだだなぁ。

「君には本当の意味で強くなって欲しいと思っているんだよ、きっと……
 イルカ先生の気持ち、少しはわかってあげられないかな
 ………親のいない君だからこそ…………」

「………でも……卒業、したかった(こうやって冷静な思考で聞いてると間違えた事言ってない辺りが厄介だな、この男)」

中忍資格保持者にして、任務経験もある教師達を多少なりとも誤魔化せる訳だ。

でもな、上手い猿芝居だけど待ってましたとばかりに眼をぎらつかせるなよ、三流が。

「仕方が無い、君にとっておきの秘密を教えよう」

「え?(いや、俺も記憶にうっすらと残ってる行動をなぞってるけど、アンタがそのままの行動って言うのは幾らなんでも適当過ぎやしないか?)」

結論から言うと、ミズキは計画通りにしか動けないバカって事が判明した……。

いや、別にそんなの知らなくても良かったんだけどさ。






――火の森――


「ん〜、ここも懐かしいなぁ」

最近は任務で里に居る時間は少なかったし、年に数度の墓参りぐらいしか来てなかった。

「玉藻……オマエの息子の墓、作ってやらなきゃだよな」

腹の中の玉藻に語りかけながら、体術の鍛錬を始める。

正確には、どれだけ動くのか試す。

が、思った以上に身体が動いてくれない。

チャクラを使って身体強化してるんだけど、思考と実際の動作のズレが酷い。

「……ふぅ、生門まで体内門を開けなきゃ大人の身体の時と同じ動きは出来ないな、コレは」

この身体では昨日の晩テウチのおっちゃんの所にラーメン食べに行ったばかりだし、一人でゴハンを作って一人で食べるのも寂しいからって兵糧丸で済ませたけど……物足りないなぁ、やっぱ。

家族での食事を経験した後だと、店に食べに行くのも一人で作って食べるのもヤだなぁ。

って、イルカ先生、来たな。

ついでにミズキの奴も。

さて、ここからはどう流れて行くんだろうか?

イルカ先生に怪我をさせるのだけはヤだけど、どう動こうか?



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