第七話


それは横島の修練に銀一が参加――霊力の修練以外についてだが――するようになったある日の日曜。

一通りの修練を終え、後は帰るだけと言う時に何かを決意した様な表情の銀一から散打を持ちかけられた横島は、躊躇いながらもそれに答える。

本来なら互いに肉体が出来ていない状態で散打等やっても良い事はないし、二年かそこらとは言え様々な人に教えを受けてきた横島を相手に散打なんて危険極まりない。

これで横島の身体が全盛期の状態ならば何の問題も無い。

だが、今は筋力がついてきていないせいで力の制御が出来ず、可能性でしかないが最悪の事態すらも起こりえる。

それを理解しているから普通ならば断るのだが、何故か答えねばならないと思った横島はそれを受け入れた。

結論から言えば、横島の圧勝。

身体能力がほぼ同じレベルなら、効果的な動かし方を多少なりとも理解している横島に銀一が勝てる訳もないのは、当然の事。

銀一に怪我が無かったのは、幸いだろう。

その時、銀一が朝日を見上げながら告げた言葉に横島は固まってしまう。

「なぁ、横っち、俺な、今度……夏休みの前に、引越しすんねん」

「……ホンマ、か?」

「誰が、冗談でこないな事言うか」

(俺の記憶が確かならもっと早い時期だったから油断してたけど、やっぱりこっちでも離れるのか)

精神は肉体に引きずられる。

その言葉が示す通り、横島は今ちょっと泣きそうになっていた。

平行世界の記憶があるし、年相応と言うには幼過ぎる反応だと思われるかもしれないが、この反応にも一応理由はあるのだ。

平行世界での別れを記憶していなくとも感覚として覚えていたので一人が、知り合った人が離れていくのがイヤなのだ。

そして、その感情は十年の内にゆっくりと根付き、今では横島忠夫の中心近い位置に陣取っている。

(キーやんとサッちゃんが気付いていたのかどうかは知らんけど、人間にとって十年の記憶と経験はシャレにならん位に大きいもんなんやな)

そんな事を考えながら横島は脇に置いてあったタオルを頭から被り、目元を隠す。

「東京、行くんや」

「……ん」

「連絡先教えとくからたまには連絡、したってな?」

「……ん」

「アホ、なんか他にも言えや」

「…………ん」

横島の顔から、隠れている目から滴り落ちるモノに気付いていたから、銀一は冗談めかして言う。

今日、すぐに別れると言う訳ではないとわかっていても、仲の良い友達との別れと言うのは銀一にとっても辛い事なのだ。

だから、銀一も横島と同じ様にタオルで顔を隠し、その後は黙り込んだままその場で佇んでいた。







その後、約束をすっぽかされたと遊びに来ていた乙姫達と悠仁達の手によって銀一込みで制裁が行われたのも、きっと良い思い出になるだろう。

(銀ちゃん、トラウマにならなければ良いやけどなぁ)

生きてるのかどうか微妙な感じでピクピクと痙攣し続ける横島のその願いが叶えられるかどうかは、流石にそう酷い被害を受けなかったものの横で言葉もなく引きつった顔で横島を見ている銀一にしかわからない。







「今日で堂島銀一くんは東京の小学校に転校する事になりました」

担任教師の言葉に教室中から悲鳴の様な声が上がり、喧騒が広まって行く。

横島と銀一。

二人はこのクラスのムードメーカーだったのだし、横島と人気を二部――最近は悠仁を交えた修羅場のおかげで横島に好意を抱いている女子は影に潜んでしまったが――している人間の一人が居なくなるのだ、仕方がないだろう。

担任も、そう思っているのかあえて言葉を口にする事はない。

まぁ、仕事柄煩くなり過ぎたら注意するぐらいの事はしているが。

「横島、アンタは知ってたん?」

「……ま、な」

夏子の寂しそうな呟きに答える横島の言葉は、短い。

横島を間に挟みその向こうに居るスルトに目を向けると、夏子だけでなくスルトも不思議そうな顔をして首を傾げている。

二人とも、疑問は共通しているのだろう。

小さい頃から幼馴染として一緒に居たのだ。

横島が男女問わず自分の近しい存在と認めた相手に対しては自分の機嫌が悪くても、体調が悪くても、優しいと言う事を知っている少女達はその無愛想な様子に首を傾げる。

「どないしたん?」

「……別に、なんもせん」

「ヘンだよ、タダオ?」

「……何処がや」

じっと前を見たまま、ボソリボソリと答えるだけで話しかけてくる少女達に視線を向ける事もない。

そこも、おかしい。

少女達は知っているが、彼の両親はかなり常識から外れている部分もあるがしっかりしている所は『何でそこまで?』と不思議に思えてくるくらいにしっかりとしている。

例えば、人と話をする時は可能な限り相手の目を見て話せ、とか。

拳で教え込まれている場面を何度も見ていて、実際に横島が普段はそれを護ろうとしている事を知っているだけに不思議で仕方が無い。

まぁ、都合が悪くなるとあからさまに目線を逸らすから解り易いんだが、今回はそれとは違う。

理由はわからないけど、何か違う気がするのだ。

少女二人揃ってそう思っているのは互いの視線から理解は出来たから、何かが違うのは確かなんだろう。

少女達は、それだけしっかりと横島の事を見ているのだから。

「ホンマ、どないしたん?」

「……せやから、何もせんて」

銀一の転校と言う事実による衝撃と、普段とは違い何処かがおかしな横島を前に少女二人はその半日、混乱を続ける事となる。

その様子を横目に見ていた銀一は苦笑を浮かべ、離れてもまた横島とは何処かで出会うだろうなと、そんな漠然とした予感を感じながらも、銀一もやはり寂しそうに別れの言葉を皆に伝えている。

こうして少女達は別れを経験する。

もう一つ、もっと大きな別れが迫っている事を知らぬままに。

……一人を残して残りはどうにかして付いて来そうな気配は濃厚だが。







「そうか、銀一君が引っ越しか」

夕食の席で出た話題に、大樹は困った様な顔をする。

(あ〜、スルトと夏子達も困ってたみたいだし、俺って今そんなにわかりやすいんか?)

その答えは考えるまでもない。

横島は、それはもう、今にも泣き出しそうな、それを必死で耐えている様な、十歳の誕生日以来の子供らしい顔をしているのだから。

百合子は完璧なポーカーフェイスで何でもない様な顔をしているが、よく見れば大樹は困った顔をしては居るてもその目が何処となく嬉しそうなのは簡単に見て取れるだろう。

横島は気付いていないが、百合子と悠仁の二人は顔を見合わせ小さく笑みを浮かべている。

「別に死ななきゃ何時か会えるだろうとは思うんやけど、しばらくは会えんのやろうなぁって思うとどうも、あかんねん」

自覚してないのだろうが拗ねた様な顔になっていて、悠仁が内心『ああ、この顔は中々見れません』等と考えて頬を染めているのを見て、大樹と百合子は二人揃って『無自覚のジゴロになるんだろうか?』とか不安を感じていたりするのは秘密である。

乙姫達を含めた現状を考えれば何を今更、と言われるかもしれないが。

悠仁は別として、大樹達はその考えをすぐに頭の片隅に追いやり、横島に何か声をかけようと頭を巡らせる。

(子供にとって引っ越しがどう言うものか理解しているつもりだったが、ここまでショック受けるのか)

我が子の事を読み違えていたと判断したのか、大樹と百合子が互いに目配せしあう。

(どうする?)

(今、言っておいた方が良いんじゃないかしら?)

(下手に間を置いても仕方がないからな)

(乙姫さん達には伝えたけど、夏子ちゃん達にも何時までも伝えずに居る訳にもいかないし、ね)

(わかった、忠夫にはまず俺が伝えよう)

(お願い)

この間0.5秒。

横島と美神もブロックサインで会話していたが、アイコンタクトでこれだけの会話を行える二人の息子だから出来たのかもしれない。

「忠夫、悠仁、この際だから言っておく事がある」

「……なんや?」

(前の時はここまでショックは受け取らんかったからな、前もって伝えておこうって思ったんかな?)

大樹の言葉に、横島はそんな事を考えていた。

「俺達も、夏休みが明けたら引っ越すぞ」

「冗談……な訳あらへんよな」

「ああ、本当だ」

銀一が引っ越してから一月後くらいにイキナリ引っ越していた事は覚えていた。

だから、引っ越しをすると言う話を聞いてもショックは無いだろう。

そう横島は考えていたが、実際は違ってかなりのショックを受けている。

平行世界の記憶があるから引っ越しが初めてな訳じゃないし、大切な人との別れだって何度か経験している。

死別した事だってある。

それなのに、辛い。

だから、怖い。

ルシオラがまた死んだら、今度は耐えられるかどうかわからない。

平行世界と同じ現象が起きるとは限らないのはわかっている。

わかっているからこその、恐怖もある。

もしかしたら、美神が死ぬんじゃないのか?

おキヌちゃんが何も知らないGSに祓われるとか、死津喪比女に特攻をかけてそのまま死んでしまうんじゃないのか?

小鳩ちゃんが貧の奴のせいで栄養失調になって死ぬなんて事は?

シロが犬飼のヤツに殺されるとか、子供の頃病気になったって話だけど薬が間に合わなくてそのままなんて事は?

タマモが助ける間も無く討滅される何て事は?

マリアが破壊された時、データ事消滅してしまうなんて事は?

愛子が滅ぼされるなんて事は?

ワルキューレがデミアンの相手をしていて致命傷を負ってそのままなんて事は?

小竜姫様が断末魔砲で滅びるなんて事は?

ヒャクメが、魔鈴が、パピリオが、美智恵が、西条が、ジークが、エミが、冥子が……。

脳裏に知り合った皆の姿が浮かびあがり、その死に様を想像してしまう。

GSと言う職業は、死に近いから。

それでなくとも生と死は隣り合わせで、何でもない事でも人が死にかけるなんて事を知っているから。

だから、横島は怯える。

傍から見たら、何か異常が起きたのではないのかと、心配になるほどに。

「……お、忠夫、忠夫!!」

「え、あ、ああ、うん、や、な、何でもない、うん、何でもないよ」

慌てて否定するが、それが余計に怪しい。

それがわかっていても、大樹と百合子は黙って横島を見るだけでそれ以上問いただそうとはしない。

百合子は多少心配そうな目をしては居るが、大樹は表情を消してまっすぐに横島の顔を見、何かを考えているようだ。

「忠夫、言いたくなったら、俺でも母さんでも、どっちでも良いから言え」

「………ありがとう、親父、おかん」

「礼なんか言うな、お前は俺達の息子なんだからな」

「ん」

「悠仁も、俺達の娘なんだからな、何かあったらすぐに言えよ?」

「はい、父様、母様」

横島を心配そうに見ていた悠仁は、大樹の言葉に嬉しそうに微笑んで頷く。

実の子ではないのに、そう扱ってくれるのが嬉しいから。

実の両親も、少し厳しい人ではあったが優しい人達だった。

その人達が居なくなったのは悲しかった。

横島忠夫の家に何時か来る事になっていたのは、わかっていた。

葦原夫妻は、本当に都合の良い存在だったのだ。

偶然、死神の処理する死者の一覧に葦原夫妻の名があった。

前の世界でもそうだったが、現代の医療技術では治療する事の叶わない病を患い亡くなる上、身内が一人も居ない、と言う都合の良い人間だった。

そして、何よりも都合が良かったのが、夫妻には本来死産になる予定だった娘――息子だった可能性もあるが――が居た、と言う事。

彼等が選ばれたのは、ただ都合が良かったから。

ただ、それだけだったのだ。

しかし、悠仁にはアシュタロスとしての記憶もあるが、それと同様に葦原悠仁としての記憶もある。

六年と言う短い時間でしかないが、それは確かに残っている。

本来は死産になるはずの娘を得、心残りはあれど頼れる友に後を託して少なくとも生前の心残りを晴らして成仏する事は出来た。

孤児同士で、肉親の居なかった二人が求めた拠り所足りえる子供と言う存在を得る事で、平行世界での子供を得られなかった事が原因で悪霊になりかけた経緯もある人間が安らかに成仏出来た。

傍から見る分には等価交換がなされたと見ても良いだろう。

(いや、傍からではなく、上から見たら、ですね)

同じ立場に立って、その人達の娘と言う立場に立って、初めてわかった。

幼い自分に様々な夢を見ていた両親の事を覚えている。

『悠仁が結婚相手の男を連れてきたらどうする?』

『殴り倒す』

『じゃあ、孫が出来たら?』

『……男は殴り倒す、孫は溺愛する』

『ふふふっ大変ねぇ、あなたの結婚相手は苦労するわ』

そんな、幸せそうに語る両親を覚えている。

だから、二人を喪った時は本当に辛かった。

本当に、悲しかった。

横島忠夫に再会し、記憶を取り戻した今も、その感情は確かに根付いている。

でも、それが少しずつ、ほんの少しずつだが、癒されているのも、理解出来ている。

この家は、本当に暖かいから。

あの修羅場も……まぁ、その、本当に、楽しいから?

だから、嬉しくて、悲しい。

近しい人と離れるのが、二度と会えない人の事を思い出すのが難しくなっていると言う事実が、暖かい場所に居る事が、嬉しくて、悲しい。

……横島が震えだす前まではちょっと、恋のライバルに差をつけられる可能性の大きさに小さくガッツポーズを取っていたりしたんだが。

乙女心と言うのは、時折重要な悲しみを凌駕するらしい。

まぁ、それを横目で見ていた百合子が『あぁ、あの子達の娘ねぇ』等と小さく呟いていた所から見て力一杯両親の血を引いているとわかる行動だったみたいだが。







「「「……………………………」」」

痛い沈黙が室内を占領している。

銀一の引っ越しが済み心の拠り所が居ない状態の横島にとっては、地獄と言っても良いであろう修羅場空間である。

居ても居なくても変わらないと本人は感じていた様だが、横島は同性の、しかも一緒にこの修羅場空間に怯える仲間が居ると言う事は精神安定剤の役割を果たしていたらしい。

が、今ここに彼の姿はない。

だから、横島は今までにない、強烈なプレッシャーを感じていた。

まぁ、ただ単にただ怒鳴りつけていただけのスルトが百合子譲りの笑顔でプレッシャーをかけると言う技量を身につけ、昔から出来ていた天使のはずのガブリエルと普通の人間であるはずの夏子のプレッシャーが倍増しているから、と言う理由もあったりするんだが。

それに、もう一つの理由もあるから余計だ。

「……しゃ、しゃーないやろ、俺はまだ扶養家族って立場なんやし、親父達が転勤すんのに残る訳にもいかんやないか」

早い話が引っ越しをすると、そう説明した瞬間から発生しているのだ、この修羅場は。

何時ものモノとは違い、恋の鞘当とかそう言うモノじゃなく、横島が居なくなるのは嫌だ、何で居なくなる、と言う寂しさ等がごちゃ混ぜになったモノ。

ある意味八つ当たりとしか言い様のないモノなのだ、コレは。

だから、横島以外は誰も言葉を口にはしないし、この場から一歩引いた立場に居る悠仁は付いて行くから何も言えずにただ見守っているのだ。

確実に、横島の胃の内壁にダメージを与え続ける空間を。

「………………ワガママ、言っても無駄なんよ、な?」

「ああ、無理や」

(これが西条辺りだったら手馴れた感じで落ち着かせられるんだろうけどなぁ)

そんな事を考えつつも、下手な事を言う訳にも行かず、ストレートに答える。

「タダオくん、ずっと一緒に居てくれるって約束したのに」

「え、あ、や、それは……って、そんな約束してへんし」

慌てて誤ろうとしたが、冷静になってそんな約束をしていない事を思い出して言うと、涙目で見上げていた天使の“はず”のガブリエルが視線を逸らし、小さく『チッ』と舌打ちするのが聞こえて来た様な気がしたが、気のせいだろうと横島は強引に自分を納得させている。

「ボクの事、捨てるの?」

「……いや、拾ってないし」

涙目で見上げてくるスルトはきっぱりと切って捨てた。

(関西人ならボケるべき場所やった、絶対にここはボケんとあかんかった、せやけど、こんな状況でボケられる訳あらへんぞ!!)

実際、今のほんの少しあった間だけで殺気レベルのプレッシャーがかかったのだ。

普通はこの時点で倒れているだろう。

しかし、ボケを言おうと言う意思が一瞬でも頭をもたげる辺り、百合子のプレッシャーを間近で感じられる――時には自身にも向けられる――環境に身を置いて育ち、日常的に修羅場が発生する環境を平行世界での記憶と併せたら三年近くも経験していたおかげで多少は耐性がついているのか、まだ微妙に余裕はあるのだろう。

ここでは命のやり取りに繋がりかねない状況に進展する心配がない分だけ、余計にそう感じているのかもしれない。

……GSなんてヤバイ職業に就いていた事があったとしても、平和大国と言われる日本で生まれ育った人間がそんな事に安心していて良い事なのかどうかは別だが。

「……絶対に、捕まえに行く」

「そうよね」

「うん、それが良いね」

「あら、やっぱりそう言う選択をなさるんですね」

「…………は?」

決意を固めた声で宣言する夏子、ガブリエル、スルト。

そして何故かその言葉の意味を理解しているっぽい悠仁。

発言の内容と、その言葉に込められた決意を感じ取って凝固する横島。

この修羅場の原因が何かはなんとなく理解している。

と、言うか、平行世界で三年の間に何度かそう言うのが原因で修羅場が発生して美神親子や唐巣神父、それにエミ達に助けてもらったりしているので、理解せざるを得なかったのだ。

それはもう、初期は恋の鞘当って感じの修羅場だったがだんだんと『この鈍感野郎、いい加減気付や?』と言う、理不尽だがある意味正当な理由によって横島が負傷する確率が格段に上昇してきたのでこのままじゃヤバイと判断した大人達が横島に状況を説明してやったのだ。

それ以来、なんとなく現状を理解して回りを良く見る様になり、事態は終結を……見る事は、なかった。

表面上普通を装えていたとしても、三年やそこらで平和大国日本に生まれ育った人間が惚れた女の命を奪ったと言う事実を乗り越えて誰かとの恋愛に走る事なんて不可能だったのだから。

結果、修羅場は悪化。

除霊現場にまで修羅場を持ち込んだと言う事でイライラした令子にしばかれたり、肉体は成長しても精神の成長が伴っていないシロに斬られたり、何となくイラツクと言う令子の様な理由でタマモに焼かれたり、夜気付くと枕元に無意識に幽体離脱したおキヌちゃんが立っていたり、他の面々もそれぞれの特徴を生かした方法で横島を追い詰めてくれたりした。

実の事を言えば横島が倒れたと聞いた時、雪之丞やタイガーは『ああ、横島もついに限界を迎えたのか』等とのたまったくらいの状況だったのだ。

そんな経験をして倒れた後の状況を見ていたし、命を懸けた戦いの場だって何度も経験しているのだから、何が起因して起きた修羅場かくらいは理解出来るようにもなる。

……解決方法を思いつけない辺りが、横島忠夫の横島忠夫らしい所なのかもしれないが。

「絶対に、良い女になってアンタから好きやって言わせたるからな!!」

「私も、負けないわ!!」

「ボクだって!!」

「……一応私も、と言っておきます」

「あ〜、うん、まぁ、その、なんだ、がんばってくれ」

「「「「当然(です)!!!!」」」」

横島の何処か虚空を見上げ、顔を引きつらせながら口に出した言葉に帰ってきた言葉に対して、笑う事も出来ずにこんな事を考えていた。

(ここに乙姫とナミコが居なくて良かった)

だが、横島は知らない。

と、言うか少し重要な事を幾つか忘れていた。

この近所に暮らしている訳ではなく、海からここに来ている乙姫とナミコは大樹達から住所を聞いたので定期的に遊びに来るなんて事を。

夏休みなんかの長期休暇に入ったら夏子も一緒に来ると言う事を。

そして、スルトとガブリエルの任務は横島の護衛なのだから、そう間を置かずに後を追って来るだろうと言う事実を忘れていた。

「なぁ、俺って幸せなんかな?」

「違うとでも思うんですか、おにぃさまは?」

「そりゃまぁ、な」

満更でもないとその瞳は雄弁に語っているが、それを言葉にはしない。

別に他意があるとかそう言う訳でもないが、下手にそう言う事を言えばやっとおさまった修羅場が再開される事になるからだ。

この場合なら、

「私に言い寄られるんが嬉しいんやな?」

「私よね?」

「え〜、ボクだよ!!」

「私でしょう、おにぃさま」

こうなる。

何気なく移動して横島の服を引っ張り自分に注意を向けようとする四人。

それとなく密着したりしているから、横島はちょっと色々な意味でダメージを受けていたりする。

平行世界では『ロリコンじゃない』叫んでいたがここでは同年代だからその言い訳も通用しない。

ただ、二十五歳当時の精神も同時に併せ持っている横島には地獄の責め苦であり、普通に成長していても早ければもうすでに男女の差を意識し始める年頃だ、どちらの精神状態においてもこれは苦痛。

だけど逃げられないのは……男だからだろう。

煩悩が多少制御出来る様になったとは言え煩悩の為に何度となく無駄に命を懸けた行動を繰り返した平行世界の横島と、最近ちょっと女の子に興味を持ち始めた今の横島が重なっているのだ、煩悩が抑えられる訳がない。

(これが、後々面倒事に繋がるのはわかっとる、わかっとるがッ!!)

横島の受難……苦難……ハーレム?

まぁ、とにかく、横島を遠い空の下から見ている最高指導者達を含めた一部の神魔の娯楽はしばらくと言うか、横島が死ぬその時まで――場合によっては死んだ後も――繰り広げられる事だろう。

横島の胃袋が耐え続ける限り、と言う前置きはつくだろうが。

『まぁ、私達は楽しいからそこら辺はちゃんと治癒能力の高い男の神がケアに行きますから、平気ですよ』

『せやせや、横っちには長生きしてもらわな、ワシ等の償いでもあるんやし』

『せやからって乙姫やらナミコまで登場させんなや、オノレラがやったんやろ、アレも!!!!!!』


『まだまだ増えますよ』


『ハーレムは魅力的やけどそこまで俺は求めとらんわぁぁあ!!!』

横島とキーやんサッちゃん三人の心の会話は誰にも聞こえる事はなかったが、悠仁はその表情から何をしているのかを読み取っていても周りの誰にも気付かれない様に唇の端を軽く上げるだけで言葉を紡ぐ事はない。

何故なら、悠仁は演者にして演出側の一人でもあるのだから。

出演者達は何も知らずに演出家もちょっとした小細工以外は何もせずに居る自由演技。

幕を下ろさず、さらに拡大するようにと小細工が繰り返される道化芝居。

演出家達もただ笑う為だけに見ている訳ではないが、どうせなら面白い方が良い。

だから果てしなく繰り広げられる修羅場劇場。

さて、横島忠夫の受難……苦難……神の試練……悪魔の誘惑…………コントは何時まで続くのか?

『それこそ、神のみぞ知る、と言う事でしょうか?』

『や、キーやんがそれ言うたら誰にも答えわからんやんか』

『あ、そうでしたね。
 だいたい魔族も神族も参加してるんでした』

『せやせや、神だけが知っとるんやったら小竜姫とヒャクメ、それに乙姫有利って事になってまうで?』

『それは……問題ですね』

『せやろ、やっぱり賭けはスタートラインを平等にせな』

『とりあえず、大穴は出揃ったんでしたっけ?』

『いや、まだ結構出とらんで』

『そうでしたか……大変ですねぇ、彼も』

『まったくや』

『まぁ、私達はそれが見たくて彼を見ているんですけどね』

『やけど、今度そっちのアスクレピオス……の娘のパナケイア辺りを遣したったらどうや?』

『全てを癒す娘、ですか……娘って所が面白いですね。
 彼女も別に付き合いのある男性は居ないようですし、それらしい話もないようですしね』

こうして、一時的に落ち着くであろうと思われていた横島忠夫の修羅場劇場は一時的に幕を下ろす事も無く、さらなる激化の道を歩む事となる。

……確か、この人達は横島の幸せも願っていたはずなのに、どうなっているのか。

『面白ければ良いんですよ』

『まったくや』

何時の日か、横島忠夫の修羅場劇場の幕が落ち、横島忠夫のハーレムは完成するのだろうか?

いや、まぁ、傍から見たら立派なハーレム状態だが、すでに。




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あとがき


タイトル、『横島忠夫の修羅場劇場』にしてみようかと思ったり思わなかったりの今日この頃です

最高指導者の二人も、悠仁も横島には幸せになってほしいんですよ?

なってほしいんですが、ついでに自分達の娯楽を提供してもらって、賭けも成功したら良いなぁとか思ってたりするからこんな事になっているんです

後、最後に名前だけ出てきたパナケイアの出番は削除になるかもしれませんけどね

ちなみに、パナケイアって言うのはギリシャ神話で死者すら蘇らせる術を手に入れ、それを行ってしまったばかりに冥王ハデスに怒られ、殺され、蛇使い座になった人の娘さんです

有名じゃないですけど、医療関係者だと言う事なので使っちゃいました

ちょっと調べてみた結果、『パナケイア、「全てを癒す」の意』って文章見つけちゃったんで、おキヌちゃんとの対比が出来たら凄いだろうなぁとか思って……つい

黒くなるおキヌちゃん、黒くなりながらも治療を続けるパナケイア――名前は変えるかもですが――の戦いが見てみたいなぁ、とか

口調で差を出せるかどうか微妙なので難しいですが、やってみましょう

乙姫達以外の脇キャラの扱いが難しくて困ります

いや、別に原作に近い形にしても構わないんですよ?

構わないんですけど、悠仁とか乙姫とかどう扱うか

横島の方が年上だから横島が除霊事務所を開設してどうこうって話になっていくかとは思うんですが……どうしましょう




以下はNTに投稿させていただいた際に頂いたレスに対する返信です

横島の身長って百七十前後だったらしいですけど、私の知人に身体を無意味に鍛えているのにそれぐらい育っているのが居たので、育つ人なら鍛えていてもそれぐらいなら育つかな、と思ったのですよ

とりあえず、そう言う人も居るから良いか、と思ったんですが……動き過ぎですかね

スルトとガブリエルは幼馴染として存在していたんですが、エピソードを書くと結構な量になりそうで大人時代になって知り合った人達の出番が大幅に遅れそうだったから、ばっさり削っちゃったんです

やはり、底アヘンのエピソードも必要、ですよねぇ……何時か、外伝にしますかね

五年間は眠っていた期間です

肉体は動かせず、霊力も肉体の維持に使っていたので鍛える事も出来なかったので、肉体的にも霊的にも成長出来ない状態だったので“経験”する事しか出来なかったって事なんです

だから型をなぞる事しか出来なかった、と言う事です(この指摘部位に関しては改訂に辺り一部修正してみました、これでどうでしょう?

脈絡表現台詞の問題に関しては、本当に申し訳ありません

書いていて思いついた文章が予定外に増えていってしまって、削りたくないなぁとか思ってそのまま投稿してしまうもので

誤字については投稿前に調べようと思いますが、それでも残っていたら教えてください、気付き次第直していきますので

でわ




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