第六話


平行世界から移行して来た横島忠夫の一日を大まかに説明しよう。

まず、AM5:00起床。

何時の間にか寝床に潜り込んで来た悠仁の姿に軽く萌……和み、次いで起こさない様に細心の注意を払いつつベッドから抜け出して早々に逃亡。

下手に抱き上げて部屋に戻そうとしたりしないのは、以前それをした時に寝言で『おにぃさまぁ』と言つつしがみつかれ、ベッドから脱出が出来なくてどうにも出来ず二度寝して目が覚めた瞬間、目の前に般若が居たからだ。

その後、悠仁を起こさない様にそっとベッドから別の場に連れて行かれて折檻を受けた。

冷静になった百合子に謝罪と共にミニ四駆のパーツを幾つか与えられる事で誤魔化されたが、とにかくそれ以来横島は悠仁をそのままにして家を出るようにしている。

まず、手始めに竹刀袋に木刀を入れ、汗を拭う為のタオルや何かあった時の為の包帯等を詰めたバックを背負って十キロのランニング。

柔軟その他を行って身体を温め、妙神山で小竜姫に教わった霊力の基礎トレーニングを行う。

それが済んだら小竜姫から教わった剣術の型稽古を行い、その後に西条や老師達と行った実践形式の修練で作り上げた自身の剣術の訓練――ボクシング何かで行うシャドウの様なモノ――を行う。

正道を修めてこその邪道とか言う言葉を何処かで聞いて、我流の剣術に正道を取り込むんじゃなく、正道から自分の技を生み出して行く道を選んだ結果の横島なりの修練だ。

肉体の鍛錬が目的ではあるのだが、横島にこれが正しい事なのかは今一つわかっていない。

こちらに来る前の五年間は肉体は使えず、霊力も肉体の維持に使われていたので、サっちゃんとキーやんの力で維持していた精神体で行っていた修練なので、実際にこの鍛錬にどれだけの意味があるのかはわかっていないのだ。

ちなみに、精神体でやっていた事を簡単に言えば、型を脳に叩き込む、と言う作業だった。

相談出来る相手が居れば問題の有無を問うたりもで来たのだが、そんな相手が居ない以上は以前していた事を繰り返すしかないだ。

ともかく、それらの工程が終了すれば、朝の修練は終了だ。

早朝の修練では、霊力関係の修練は最初の基礎トレーニング以外は行わない。

絶対的な霊力量が足りないから下手に霊力を使う修練なんかを始めたら日常生活を送れなくなる為、早朝のトレーニングは基本的に体力トレーニングに従事している。

最後に、十キロのランニングを行って自宅へ戻り、整理体操をした後に入浴しつつ西条直伝のマッサージで身体を解し朝食。

毎朝の日課になりつつあるが、ここで

「置いて行くのは酷いです」

と、悠仁に涙目で責められ、妹を泣かせるなと両親からも責められ、肉体的にも精神的にも疲労した状態で学校に向かう。

この悠仁の言葉と両親の行動だが、横島の限界が近いと判断すると誰ともなくやらないので横島は、修練と修羅場の狭間で生き長らえていると言えるだろう。

銀一達男友達から学校での出来事などを聞き、時折家に来る様になった悠仁や夏子達の演じる修羅場を実際に見、両親は多少気遣ってやらないと死ぬな、と判断したらしい。

まぁ、だからと言って息子を労わろうと言う気持ちはけして表には出さず、それとなく支えてやったりしている辺りがこの両親らしい微妙にひねくれた愛情の示し方だが。

当然、登校風景も変化を迎えている。

まず、初日だけのはずだったが『一緒に行くんです、おにぃさま』と言う強硬な悠仁の一言と、両親が悠仁に加勢した事により、横島の隣には悠仁が居る事が決定。

それ以来、悠仁の足に合わせて家を出る様になったので時間が合うのか、顔をあわせる様になった銀一が家から少し離れた場所で合流するように。

悠仁が一緒に登校している事を――銀一の事には気が付いてもいなかったようで、ちょっと銀一が精神的ダメージを負った――知り、夏子は有無を言わさず一緒に登校するように。

更には、悠仁が登校した初日偶然学校を休んだ――最高指導者達に呼び出されたらしく疲労困憊していた――スルトが、横島が悠仁と一緒に登校するようになったと言う話を聞いて『ボクもタダオと一緒が良い!!』と叫んで喚いて騒ぎまくった結果、一緒に登校する事に。

スルトの姉だからと、良くわからない理由で六年生のガブリエルも何気なくその輪の中に加わっていたのは最高指導者や悠仁曰く『予定通り』だそうだ。

毎朝そうやって仲良……様々な思惑を胸に、少年二人の神経をすり減らし、けして浅くはない傷を毎日刻みながらの登校が行われる。

余談ではあるが、それでも二人が女性恐怖症になったり、男に走る事が無かったのは周囲の女子生徒や教師陣、それに大樹達のフォローのおかげだ。

それがなかったら、おそらく二人は薔薇色の世界に旅立っていただろう。

……女性陣が銀一の命を奪ってでも絶対に止めるだろうが。

「タダオくん」

「タダオ」

「おにぃさま」

「横島」

四人の少女の口撃が始まると銀一が逃走するのも許されるはずだ。

許されていなければ、横島がどうこう以前に銀一が入院している。

自分の事ではなく、他人の修羅場が原因で。

学校に到着すると名残惜しそうに悠仁とガブリエルがそれぞれの教室へ向かい、四人は揃って教室に向かって行く。

平行世界では夏子に淡い初恋の情を抱いていた銀一だが、こちらの世界ではそんな対象として見れなくなっている。

横島へ向けられる感情に気付いたと言うのもあるが、それ以上にあの修羅場の輪の中に参加するのはヤバイと本能が告げており、夏子の事は仲の良い友達と言うように脳内変換された。

そして授業。

何故か急に勉強が出来る様になれば不振な目が集まるだろうと横島自身は思っていたが、それ以上に横島の両隣で行われる無言の戦いのおかげで注目を集める事はなかった。

違う意味での注目は集めているのだが。

五分休憩の時にはさすがに現れないが、昼休みになると何時の間にか悠仁とガブリエルの姿が教室内に現れ、凄絶な修羅場が展開される。

まぁ、最近になってやっと戦術的撤退と言う作戦を思いついた横島は、昼休みになると男子と遊びに行く様になった。

時には捕まるが、鍛え上げられた逃げ足はそう易々と捕まえられるものでもない。

他にもルパンダイブをして自分が叩きのめされて話題変換と言う過去の自分の得意技――狙って成功した例はないが、結果そうなっていた事は後日になって理解していた――をついしてしまったのだが、それは現在禁じ手として封印している。

最初の頃、暴走して悠仁の制止の声を無視してガブリエルにルパンダイブを決行し、泣かれてしまったのだ。

その日行われた夏子とスルトを筆頭にした女子からの吊るし上げと、悠仁から話を聞いた百合子からの折檻も大ダメージを与えたが、それ以上に女の子を泣かせたと言う事にこそ大ダメージをうけてしまったから。

平行世界では美神達止めてくれる人が居たから、必ず誰かが自分を止めてくれると無意識に思い込んでいたので実行してしまったのだが、涙目になったガブリエルに気がつき

「俺は、俺は、そんなちゃうんや〜〜〜〜!!!!」

と言う絶叫を残して逃げ出したのもしばらく前の事だ。

ちなみに、戦術的撤退が成功したのも二日までで、三日目には男子でサッカーをやってる場に四人が現れ、『横島のシュートしている姿がカッコいい』だの『おにぃさまは何をしていてもカッコいい』だのと本人が恥ずかしくて真っ赤になる様な話題で盛り上がっていたりする。

横島忠夫、何時の間にか他のクラスはもちろん、全校生徒から注目を集める生徒となる。

嫉妬とか、四人に影響され憧れたとか、様々な理由で。

当然の如く一緒に銀一の人気も急上昇する事になるのだが、それは余談だろう。

放課後は精神的疲労に苛まれつつ、掃除当番が無い日は銀一達と遊ぶ。

毎日毎時間付き纏っていたら横島が困るだろうと言う事でスルト達も帰宅時はそれなりに遠慮はしているからなのだが、時折何処そこに行きたいから今日は暇? と聞いて答える前に連行して行く事もあるから。

とにかく、友達と日が暮れるまで遊び回り、帰宅したら夕食。

両親には将来GSになると宣言し、修行をしていると言う事で食休みの後に朝よりも長距離の二十キロをランニングした後、早朝と同じ基礎修練を行い、後に霊力の修練に入る。

何だかんだ言っても両親が真面目に話をすれば真面目に聞いてくれると言う事を理解しているので、見守っていてくれるからと気絶する事前提に修練をしている為、傍から見たら壮絶な修練に見える事だろう。

それでも、横島本人からすれば子供の遊び程度の事しか出来ないのがもどかしかったりする。

昔の彼を、平行世界での一連の出来事よりも前の彼しか知らぬ者には信じられないだろう。

だが、心の傷が癒えたとは言えど癒す為に行っていた修行が日課として残っているので、己の限界を超えて繰り返される修練は誰かに止められない限り止らないのだ。

ここは平行世界で、自分の身体が子供になっていると言う事も“一応”は理解している。

両親も義理のしかも本性が某魔王だったりするとは言え妹も居るから、明日に響かない様にそれとなく加減を加えてはいるのだが、修行マニアとの通称を友人知人恋人にすら与えられた伊達雪之丞から見ても異常だと断言する修行と比べているのだから、非常識にも程がある。

程があるのだが、それを言う人間は誰も居ない。

両親は理由は理解出来なくとも我が子の決心を見てとっているので心配はしても干渉する事はない。

悠仁は自分が行った事によって与えた傷の深さを理解しているが故に、あの悲劇を避けようと必死になっている兄に、横島忠夫にかける言葉が見つけらない。

スルトとガブリエルは漏れ出る霊波からその傷の存在をそれとなく察してしまうので、干渉する事が出来ない。

夏子はその修練を見て止めようとした事もあったが、大樹と百合子に諭され何も言えずに見守っている。

ただ一人だけ、少し違う行動に出た。

横島が何故そこまでするのか理解出来てはいなかったが、銀一は親友の隣に立ちたいと身体を鍛え初め、後にスタントマンをほとんど使わない日本有数のアクションスターへの道が開かれたのは別の話。

そして、そのまま気絶して横島の一日は終了する。







「忠夫、釣りに行くぞ」

「は?」

「何事も、たまには身体を休めるのも必要な事だぞ?」

唐突なその一言で、有無を言わさずに連行されて行った先は海だった。

当然だが百合子、悠仁、夏子、銀一、スルト、ガブリエルが揃っていたのは言うまでもない。

夏。

海。

そして水着の美少女・美女。

そして美少年と良い男。

横島一人浮くかと思われたが、実際は苛烈な修練によって生み出された均整のとれた肉体美を誇る十歳児は強烈なダメージを周囲に与えていた。

はっきり言って、目立つ事この上ないメンバーだ。

浜辺の注目を一身に集めているが、誰一人そんなもの気にも留めない。

美人なお姉さんも居たりするんだが横島は精神的疲労込みで周囲に目を配る余裕はないし、疲れきっている息子の前でそう言う事をする気にならないのかそれとなく息子を見守っている大樹。

正直周りに居る女性陣の姿に圧倒されていて他のお姉さん達を見ても、自分の周りに居る女性陣の方が色々な意味で凄いな、とか考えていたりする銀一。

ナンパ対象になると判断したのか百合子に声をかけようとした剛の者達は百合子に一刀両断にされ、大樹に首だけ出した状態で埋められている。

子供に声をかけようとしたり、写真を撮ろうとする犯罪者達の相手には横島も銀一も参加しているのでさらに過激な事になっていたりするが、それは余りにも凄まじいので明記しないでおこう。

とりあえず、生きて警察に送り込まれた事だけは事実だ。

その段階でどう言う状態になっていたかは明記しない……のではなく、出来ないが。

ちなみに、水着に着替える際、海の家の全てを対象に横島親子がカメラや覗き連中の排除を徹底的に実施したのは言うまでもない。

その後、その海の家の親父が盗撮&覗き対策のマニュアルその他を叩き込まれて周辺一帯で一番安全な海の家と言う事で後々まで語り継がれたりするのも別の話だ。







「……大漁やな」

「せやなぁ」

大樹が何処からか持ってきたクルーザーに乗り込んで釣りをしているんだが、『怪奇現象か?』と、問いたくなるほど、異常に釣れていた。

店に卸したら結構儲かるだろう。

売らなければ月単位で魚料理に困る事はないであろう量が釣れていたりする。

横島家がではなく、この場に居る四家族で分けたとしても、だ。

「親父、そろそろ切り上げた方がええんとちゃうか?」

「そうだな」

この状況でも、流石は大樹

何か悪霊とか霊現象が原因かと疑いたくなるほどの釣果なのだから、困惑するのは当然なのにさほどの動揺も見せていない。

息子やその友人達を前に恥ずかしい姿を見せられないと意地で動揺を押し隠している訳でも無い辺りがこの男の非常識さを示しているのかもしれない。

「……悠仁、夏子ちゃん、スルトちゃん、ガブリエルちゃん。
 これからしばらくの間、徹底的に魚料理のレシピを仕込んであげるわ」

「「「「はいッ!!」」」」

女性陣はそんな男達等お構いなしに魚料理のレパートリーを増やす事に気が向いているらしいが。

銀一も冷静だったが、横島家の人間の近しい位置に立てる人間と言うのは、老若男女問わずに図太くならねば生きていけないのだから当然かもしれない。

神・魔関係の二人はともかく、人間の子供二人はその身に流れる関西人の血がその図太さを助長している可能性は濃厚だったりするのだが

「ッ、なんや、今までのと比べものにならん位の大物や!!」

「なんやて!?」

「よし、忠夫、逃がすなよ!!」

男連中、釣り過ぎたと思っては居てもやはり大物がかかったら逃がす訳にはいかないと判断している。

釣り、英語ではフィッシュファイトと言うそうだが、勝負事に燃えるのは男達の習性だから。

常識とは言えないが、この場に居る男達には当てはまる。

「ああっ、アカン、切れる!!」

「ん、大丈夫や、霊力で強化しとるから簡単には切れん!!」

その言葉に大物との戦いに熱中している横島と銀一以外の面々がピクリと反応はしたが、誰も言葉を口にしたりしない。

釣りを始めて既に四時間近く経っている。

修行の様子から判断するに四時間ずっと、休みなく霊力を纏わせ続けたのだろう。

横島の身体は心配だ。

心配だが、それとは別に夏子も含めた四人は、それとは別に嫌な予感を感じていたりする。

何がどう嫌な予感かと言うと、女の勘と呼ばれるモノが警鐘を鳴らしているのだ。

ライバルがやってくる、と。

霊感が“まだ”無い夏子は漠然とした予感を感じている程度だが、残りの三人は確かに感じ、気付いていた。

二つの霊気がこちらに向かって来ていると言う事実に。

「くそっ、何が釣れたんや!!」

「知らん!!」

銀一に答え声を上げるが、実は横島もその霊波には気付いている。

自分の霊波を巡らせた糸にしがみつかれているのだ、気が付かない訳がない。

だが、釣った以上は戦わねばならないと言う、意味不明な信念によって戦いを止める訳にはいかない。

馬鹿と言われるかもしれないが、それが漢と言うものだ。

この場に伊達雪之丞が居たら一も二も無く賛同するだろう。

「……ホンマ、何やコレ」

海中に引き込もうとしている訳じゃない。

どちらかと言うと、糸に引かれてこちらに向かって来ると言った方が正しい感じがするのだ。

最初は気が付かなかったが、気付いてしまった。

元々、人間大の妖怪か何かが二人しがみついているのはなんとなく感覚的にわかっていたので、それが引いているから重いのだろうと思っていたが事実はそうではなかった。

ただ、糸と糸にしがみついている存在の中間付近に、海流があったせいで余計に重く感じていたのだ。

だいたい、幾ら最近鍛え始めているとは言っても人間大の海妖を釣り上げられるだけの腕力がある訳がないのに、気付いていなかった。

(すっげぇヤバイ気配がする)

七〜八年前、ルシオラの事をどうにか整理がつけられたと思い始めた頃から幾度となく経験した事によって磨かれた感覚が告げている。

これを釣り上げたら修羅場が待っている、と。

だがそれと同じレベル、いや、それを遥かに超えるレベルで叫ぶ声が自分の中にあるのを横島忠夫は理解していた。

釣り上げねば漢ではないと、煩悩が叫んでいる。

……その事実が持つ危険性に気付いたのは、釣り上げた後。

四対八つの冷たい視線と、何故か歓喜の涙で瞳を潤ませている一対二つの視線。

そして『何で私はここに居るんだろう?』と不思議そうな顔で見上げてくる十歳前後の女の子。

下半身が蛇の様になっている美女と、下半身が魚になっている美少女がそこに居た。

「何や、俺が何をしたって言うんや!?
 何で、何で俺が乙姫と人魚を釣りあげにゃいかん!!!」


その際、何処かから横島にのみ『サービスですよ』と、言うキーやんの声が聞こえたとか聞こえなかったとか。







本日の釣果。

多種多様な魚が大量(数えるのを放棄したらしいが、誰も気にしていない所を見ると処分方法は決定している模様)。

それと、人魚と乙姫。

予想以上の釣果と言えよう。

「とりあえず、乙姫と人魚……ナミコちゃんはリリースと言う事で」

それで、横島は全てを終らせようとした。

だが、女性陣が許す訳もない。

何故なら会った事もないはずの乙姫とナミコの名前を知っていたのだ。

名前を知られていた二人も驚いては居たが、興味もそそられているらしい。

これで何も無い訳がない。

「で、何処で知り合ったのかな、タダオくん?」

こめかみにうっすらと青筋を浮かべつつもにこやかにガブリエルが問いかけ、

「む〜、タダオ、誰?」

素直に不機嫌を表に出しながらスルトが問いかけ、

「教えてくれるんよね?」

完璧な笑顔で、しかし百合子並のプレッシャーを放ちながら夏子が問いかけ、

「おにぃさま」

横島家の人間達には嘘泣きだと一目で解る涙目でただそう呼ぶに留める悠仁。

嘘泣きだと解っていても、両親からもプレッシャーが追加されていたりするのは、過保護ではないだろうか?

「私の名前を知って居た理由、教えてくれますね?」

乙姫が、何かの期待に目を輝かせながら横島を見つめながら問いかける。

「おにーちゃんはどうしてナミコのおなまえしってるの?」

この場に居る子供達の中で一番幼いナミコがたどたどしい口調で問いかける。

ちなみに、横島が彼女をナミコだと見抜けた理由は簡単だ。

迷子対策なのかナミコと描かれたペンダントが首からぶら下がっているからだったりする。

横島家(悠仁除く)の三人と銀一は気付いているのだが、両親は息子の生修羅場を見るのが楽しいと思っているので止めるつもりはないし、銀一は下手に関わると後が怖いと言う事で何気なくその場から離れて船室に入って行っていたりするが、誰も銀一を責める事は出来ないだろう。

横島家の両親からすれば、息子の修羅場が原因で女性恐怖症にならなければ良いとか本気で思っていたりするくらいなのだから。

順応性が高く、この状況を楽しむ様になったらそれはそれで問題だろうが。

ちなみに、普段なら言い訳を叫んで無理矢理にでも納得させるはずの横島は、プレッシャーの大きさに反応が取れないで居る。

ナミコは理解していないが、ここに修羅場in海上と言う見る人――具体的には神・魔最高指導者を代表とする一部の神族や魔族の方々――が見れば大喜びするコメディが開演する事となる。

「だいたい、アンタ等は何やねん?」

「んとね、なんだかよばれてるきがしてきてみたらおにーちゃんにいっぽんづりされちゃったの」

「あの様な情熱的なアプローチは始めてでしたわ」

夏子の言葉にナミコが素直に答え、乙姫が故意に曲解させるつもりで居るかの如く遠回しな言葉を口にする。

ナミコの一言がなければ冗談で済んだのだろうが、そう言った嘘を言いそうに無いナミコがはっきりと言っている。

呼ばれた気がした、と。

何か気が付いた事でもあるのか悠仁が横島が釣り上げた魚を数匹手に取り、何かを確認し、納得したような、酷く複雑な表情を浮かべる。

その行動に何か思い付いたのか、次いで百合子と大樹が同じ事をするが、結果は悠仁と同じ様な表情を浮かべる事となった。

訳がわからないのは、横島忠夫を除いた横島一家以外の皆だ。

「な、なんやの、どないしたん?」

「……雌、何です」

「どう言う事なの?」

「どうも、忠夫が釣った魚、全部雌みたいなんだな、これが」

大樹が改めて言うと、場が様々な意味で凍りつく。

横島は、『もしかしてこっちに来て怪しげな特性でも持ったんか、俺の霊力は?』とか本気で悩み、

乙姫は、『私がそこらの魚介類と同じ? そんな訳無い!?』と、動揺を表には出さずに心中で叫び、

残りの乙女達は、『魚介類まで? もしや、陸海空の全ての生物を制覇するんじゃ……』と、色々な意味で思案し、

ナミコは、『ひとにつられたらたべられちゃうっておかーさんがいってたけど、わたしもおにーちゃんにたべられちゃうのかな?』等とひたすら危険な方向に思考を巡らせて居たりする。

まぁ、ナミコの場合は意味を理解していないので、そこまで危険ではないだろう。

何を考えているのか知られたら、とりあえずで横島がドツかれる事は確定している。

“言わなければ”、安全なはずだ。

「わたしもおにーちゃんにたべられちゃうの?」

この子がこう、ボケていなければ。

プレッシャー増大。

殺気の領域に突入しつつあり、大樹が哀れんだ目を一瞬だけ横島に向け、これから起こるであろう主演が親友の凄惨な情景を見聞きさせないであげようと銀一を守る為に船室に引っ込んで行く。

……逃げた、とも言うが。

「おねーちゃんたちも、おにーちゃんにたべられちゃったの?」

「「「「「え?」」」」」

ナミコ、爆弾発言ぱーとに。

とりあえず、百合子もこのナミコの天然ぶりには毒気が抜けたのか、それとも何を想像したのか真っ赤になって思考停止状態になった女の子一同を見て何か思う所があったのか苦笑するに留めている。

実際、皆がこのまま横島を血祭りに上げ始めたら、何気なく参加して横島が黄泉路を旅立たない様にそれとなく調節するつもりだったらしい。

それをされずに済んだのは幸運なのか不幸なのか。

今にも抱え込んだストレスとプレッシャー、そしていきなり発生した桃色の空気に圧倒されて物理的なダメージとは別な理由で旅立とうとしている横島にはわからないだろうが。







「えっと、ナミコちゃん、どうしてそんな話になるのかな?」

数分後、何とか現実への帰還を果たした横島は、明らかに質問する相手と、内容を間違えていた。

何故なら

「おかーさんがね、『女の子を釣り上げて船に連れ込む様なおにーちゃんの側に綺麗な女の人が居たら、皆おにーちゃんに食べられてるの。 だから先輩のおねーちゃん達には丁寧に対応しなさい』っていってたの」

おそらくはお母さんの言葉を丸暗記しているのだろう。

そこだけ妙に流暢に語ってくれた。

(この子って、こんな天然ボケだったか?)

一瞬、横島の脳裏にそんな疑問が浮かび上がり、彼女の過去の、正確には平行世界における未来の姿を思い返して見る。

不倫をしようとして横島に声をかけていた。

嬉しそうにサザエを殻ごと喰らっていた。

(……根っこは変わってないか)

横島にとっては随分と昔の事件だが、記憶はそれなりに確かだろう。

だが、横島は大切な事実を幾つか忘れていた。

まず彼女は不倫をされたから不倫をしかえすと言い、横島相手に子供を連れて一緒に逃げてくれとか言い出していた事実なんかを。

まぁ、初めての逆ナンだったから、思い出を美化して意図的に忘れている可能性は濃厚だが。

それにもう一つ、この場面において一番大切な事実を忘れている。

彼女は顔が好みな訳でもなく、性格が好きなでもなく、別に何処を愛していると言う訳でもない上、浮気されるのは嫌だと言っているのに浮気性の半漁人の子供を生んでいた、と言う事実を。

そう、彼女は実行したのだ。

母親の言葉通り、自分を釣り上げた男に身も心も捧げてしまったのだ、本気で。

平行世界での話だが、後にその母親は後悔したらしい。

こちらの世界では、まだその出来事が起きていないので問題は無いが。

と、言うかこの子の事だ。

一度釣られた以上は相手が拒んでも操を立てるぐらいの事はやり通すだろう。

人魚姫の如く薬なり術なりで人間の姿に変化出来る様になったら、なんの疑問も持たずに地上にやって来る事だろう。

横島忠夫にその操を捧げる為に。

……勘違いした彼女は『たべてください』とか言って、人間の魚調理法を学んで香草を食べて臭みを消し、コブとか醤油とかを入れて、横島家の風呂で茹だっている可能性の方が高そうな来もするが。

「おかん、どないしよ?」

横島忠夫、何かもうメンドクサクなったらしく子供の最終手段、親頼みに出る。

普段なら手出ししないが、今日は他の家の子供を連れて海に出ているのだ。

こう言う状況なら、どうにかしてくれるかもしれないと言う心算を持っての行動だ。

だからこそ後が怖いと言うのがあったりするが、横島は気付いていない。

「ま、仕方ないわね」

「助けてくれるんか!?」

「アンタが誰にするか決めるか、この子達がアンタに愛想尽かすまでは続くんだから。
 今日の所は助けて上げるわ」

にこやかに告げる百合子の言葉に霊能力を駆使した破壊力抜群の修羅場に巻き込まれる自分の姿が横島の脳裏に鮮明に思い浮かんだのか、大量の脂汗を流し始めたのは当然の事。

ナミコは何気なく横島の服の裾に両手で握り締めじっと何かを期待する様な目で横島を見上げ、残りの面々は未だピンク色の夢の世界に旅立っている。

そんな子供達(神族二人と魔族二人は大人がどうこう言うレベルじゃないんだが)の様子を苦笑しながら見ていた百合子は小さく一息つくと一度だけ拍手を打つ。

「ふぇ!?」

ナミコがビクッと身を震わせ百合子を見上げ、残りの面々も驚いた表情を浮かべ百合子に視線を集める。

霊力を込めた訳でもなく、ただ手を打つだけでピンク色の世界へ旅立っていた人外達(夏子除く)の視線を集める母に横島が尊敬の視線を向けていたりしても仕方がないだろう。

平行世界で何度か話を聞いてもらえずに苦労した経験があるのだからこそ、尚更。

「まず、落ち着きなさい」

「あ、はい」

この場で唯一人神族としてこの場に居る乙姫が素直に答えるのは、百合子にそれだけの威厳があると言う事だと思って間違いはないだろう。

何か、ちょっと怯えているし。

この場面を見ていた某最高指導者が『さすがや』と感嘆の声を漏らしたりしていたりする。

「貴女達が私の息子に興味を持ったのはわかったわ」

「は、ぅ」

周囲に居るのは部下ばかりでこうやって改めて人から、しかもその興味を持った相手の母親から指摘を受ける、と言う経験が無いからかそれだけの事なのに恥ずかしいらしい。

その仕草に乙姫がどう言う女か知っている横島が、一瞬グラッと来たのも仕方がないだろう。

それを見て何人か顔を引きつらせているが。

「でもね、私達にも生活があるからずっとここに居る訳にもいかないのよ」

「そ、それでも、その、私は、あ、の……」

基本的に浦島を家に連れ込んだ事はあっても、ご両親に対面と言うのが初体験だからか物凄く言い難そうに乙姫が答える。

どうやら、横島の霊気と修羅場の空気、そして百合子のプレッシャーの相乗効果で横島に対してなんとなく感じていた好意を愛情に取り違えつつあるらしい。

釣り橋効果を生身で、しかも人間の主婦の身でそれを体現する百合子には賞賛の拍手を送っても問題は無いだろう。

実際、何処かで神・魔の最高指導者達は『最高や!!』、『本当に、素晴らしい』等と感嘆の声と共に拍手を送っているのだし。

この間、ナミコは小さな声で『おにーちゃん、わたしをすてるの?』等と涙目で見上げ問いかけ、横島に小さくないダメージを与えていたりする。

「だからね、忠夫に会いたくなったら遊びに来なさい。
 こうやって水の上で普通に会話が出来るって事は遊びに来るのも平気なんでしょう?」

「は、はいっ!!」

親公認と言うのが嬉しいのか一気にテンションが高くなる乙姫。

ナミコ以外の面々は『ライバルが増える』と、危惧していたりする。

一夫一婦を宗派の中で唱えて居るガブリエルはともかく、悠仁とスルトは別に重婚ぐらいは許せるんじゃないかと思わなくもないが、短い人間としての生活のせいでその考えには思い至らなくなっているらしい。

「と、言う訳でナミコちゃん、乙姫さん、これうちの電話番号と住所ね」

「はい♪」

「えと、ありがとー、おかあさま」

ナミコの『おかあさま』発言に今度こそ暴れだしそうになるが、子供の事だからと自重する女性陣。

それにしても、何時の間に百合子は耐水の紙等を用意したのかは謎だったりするが、気にしないのが花だろう。

本人に聞いても『女は秘密を幾つを持って綺麗になるんや』とかニヤリと笑いながら答えそうなので、横島も聞く気はない。

「そろそろ時間だから、良いわね?」

「わかりましたわ。
 行きましょう、ナミコ」

「え、でもでも、おかーさんが『釣られたら食べられるまで帰ってくるんじゃないわよ!!』っていってたよ?」

「……貴女、まだ人化が出来ないでしょう。
 それまで私の所に居なさい、貴女一人ぐらい増えても問題はないわ」

「うん、乙姫おねーちゃん」

おねーちゃんと呼ばれたのが嬉しいのか少し笑い、横島達に別れの挨拶として手を振りながら乙姫とナミコは海へと帰って行く。

ここで終われば横島も救われるのだが、何時ものメンバーによる修羅場劇場第二幕開幕の気配が濃密に漂っている。

百合子は船室の中に居る男二人に陸に戻ると伝えて操船を開始しているので止める者も居ない。

ちなみに、大樹と銀一は船の所有者が十八禁の世界に旅立つ為に施したであろう完全防音の船室の中で、横島の隣に立てる自分になるにはと銀一が大樹に相談していたりした。

現実逃避の時間に未来の話をするのは有益なのか無益なのか微妙だが、銀一にとっては確実に有益な時間だったし、大樹にとっても息子の事を大切に思ってくれる親友が居ると言う事実は喜ばしい事だったので有益だったのだろう、おそらく。

蛇足だが、乙姫から竜宮にナミコは居ると実家に伝えたら、ナミコの母は『ああ、こんなに早く嫁入り先を見つけるなんて、さすが私の娘ね』等と言う横島の危機を煽る発言をしていたと追記しておこう。

どうやら、この人が娘に間違った教育を施して居たのは間違いなさそうだ。




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あとがき


乙姫、今回出すかどうか悩みましたがそろそろ大人の女の人が出ても良いかなぁと、出してしまいました

この段階で明確に恋愛感情を抱いているのは悠仁と夏子だけで、残りの面々は何か面白くないと言う理由で修羅場を演じています

まだまだ、修羅場劇場の幕は開ききっていないんですね

乙姫達の感情を簡単に言うなら好意を抱いた所で修羅場によるプレッシャー何かがあいまって吊橋効果って奴が発動

現在は錯覚と言うか混乱中と言う感じでしょうか?

ハーレムルートを公言していてもこのまままっすぐ行くのも問題です

と、言う事でゆっくりと時間をかけて描けたらなぁ、と想うのですよ




以下はNTに投稿させていただいた際のレス返しです

銀一と出会った時の美神達の対応は変わりません、芸能人って年上でもクン付けで呼んだり、年下でもさん付けで呼んだりしちゃいますから、本人前にしても

悠仁はゆうにと読みます、原作が芦優太郎でしたから、『ゆう』で始まる名前を某所から拾ってきたんですよ

対人外女性専用最終兵器ジゴロはアレです、横島に好意を持つ女性って基本的に人外でしたから

美神はメフィストの転生、おキヌは幽霊時代から、シロ、愛子、ルシオラ、パピリオ、ちょっと違いますが乙姫と原作で好意をそれとなくでも示した相手ってほとんどそうでしたから

この話にしても、普通の女性陣よりもそっちの方が多いので

まぁ、小学校時代は普通の人にもモテてたらしいので間違ってるのかもしれませんが、そんな感じにしてしまいました

修羅場には慣れますが、胃薬の類は大樹と百合子が修羅場を演じているのを知った時点でちゃんと救急箱の中にそっと入れてあるので薬代は平気なのです

何だかんだ言ってもご両親ですから

でわ、また次回




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