第八話


「ん〜、まさか親父達が俺にこんな部屋を取ってくれるとは思わんかったな」

ベッドから身を起こし伸びをした後、苦笑しつつゆっくりと室内を見回す。

そこは別にどうと言う事はない、ホテルのシングルルーム。

横島が苦笑している理由は簡単だ。

自分の為にあの両親が部屋をとってくれた。

それに尽きる。

「前ん時は、俺なら平気だろうとか言って引っ越し荷物がまだ山積みんなってる中で寝かされたからなぁ」

言葉の通り、平行世界では大阪を出て東京に到着したその日から荷物整理を始めて、力尽きてそのまま荷物の山の中で寝ていたが、こっちでは悠仁が居る。

六歳の娘を疲れさせる訳にはいかないと言う二人の気遣いがあったから、横島はここに居る。

歴史とのちょっとしたズレでしかないが、それでも変化を認識させるモノとしては十分なモノだったのだろう。

日課の早朝修練を行おうとホテルを出てしばらく、そこで横島忠夫は『可能な限り出会うのが遅くなっても良かったんじゃないのかなぁ』とか、『出来れば覚悟が出来るまで何処かで出番待ちしててくれないだろうか?』とか運命と、キーやんと、サッちゃんに願っていた出会いを唐突に迎える事となる。

まぁ、誰に出会ったかと言うと、

「ふぇぇ〜、ここどこ〜?」

カウントダウン寸前で迷子になっているインダラの背に乗った某式神使いのお嬢様と出会ってしまったのだ。

平行世界では正門から出入りしていたから、知らなかったのだ。

広大な敷地だった事は知っていた。

知ってはいたがその敷地が隣の区までまたがっていて、その果てにこんな森があるなんて知らなかったのだ。

そしてインダラが居れば隣の区でも行動範囲内だと言う事に、気がつけなかったのだ。

そもそも、ここが敷地の一部だと知らなかった以上は、インダラの行動範囲なんて別にどうでも良いのだが。

「……おにぃちゃんは〜、誰〜?」

(気付かれた!!)

横島は内心慌てふためているが、知らない人とは言え人に会った事で迷子になった恐怖が一瞬和らいだのか冥子の目からは涙が消えているのを見て、無理矢理冷静を装う。

上手く行けば無傷でやり過ごせると言う事実に気付いたのだ、必死に冷静になろうとする。

必死に冷静になろうと言うのは明らかな矛盾なのに、それに気付けない辺りかなりテンパっているのだが。

「ここは〜、私のおうち〜……なのかな〜?」

「いや、えっと、まぁ、たぶん、そうだと思うよ」

言っていて自分が迷子になっている事に気がついた冥子が、再び涙目になりつつあるのに気付いて慌てて慰めにかかる。

「じゃあ〜、おにぃちゃんはふほーしんにゅうしゃって言う人なの〜?」

「ち、違う違う、俺は今まで他所に住んでたんだけど今日こっちに来たばっかりで、修練に丁度良い森があると思って入ってみたらここだったんだ」

言い訳をしながら横島はさらに冷や汗が流れ出る事に気付いていた。

何故なら、知らなかったと言うだけで自分が不法侵入したと言う事実は変わらないから。

そこに冥子が気付いたら。

……不法侵入=犯罪者=怖い=ぷっつん、と言う方程式が成立するだろう。

(今の俺の霊力だと、大怪我する)

死ぬとは思わない辺りが横島の横島たる所以だ。

「修練ってなんの〜?」

「GSになるつもりだから、それ関係のだけど」

「じゃあ〜、おにぃちゃんもGSになるんだ〜」

「ん、ああ、まだ師匠も居ないんだけどな」

「へ〜、そうなの〜?」

GSになる。

将来は同じ道を歩む事になると言う事実に安心したのか、知らない人が相手と言う不安よりも興味が先に立ったのか目をキラキラさせ始める。

「私〜、六道冥子って言うの〜、おにぃちゃんは〜?」

「俺は横島忠夫って言うんだ」

「じゃあ、忠夫おにぃちゃんはお師匠様はどうするの〜?」

「ん、唐巣って言う神父さんが腕も良くて人格者らしいから、その人にお願いしようかなって思ってるんだ。
 初対面でイキナリって言うのも無茶だとは思うけどその人ぐらいしか思いつけないからなぁ」

(系統的には白竜寺って選択肢もあるけどあそこは後々面倒だし、隊長はこの時代はまだ生きてるはずだけど隊長んとこには西条が行くだろう。
 美神さんとこんな早い時期に顔会わせて修羅場の拡大なんて事になったら洒落にならんし、他は思いつかんからなぁ)

横島のGSとしての交友関係の狭さが良くわかる認識だ。

だが、それも仕方が無い事だったりする。

知人として上げられるGSが世界でもトップクラスのGS達で、美神除霊事務所自体が既に色々な意味で人外魔境と呼べる事務所だったのだから。

GS同士が顔を会わせる機会など実はそうないのだ。

自身の手におえなくなった案件を共同作業にするとかでも無ければ無いのだが、その場合ネックになる問題が一つ。

美神除霊事務所は依頼料が高額な上、他所と共同で仕事を頼むくらいなら美神除霊事務所に依頼した方が遥かに安く済むのだ。

前衛のシロ、後衛のおキヌとタマモ、オールラウンダーな横島と美神令子。

この陣形とは別に個々のスキルとして上げて行けば、シロとタマモのペアは獣としての霊能を持ち合わせているが故に身体能力や調査能力に優れている。

おキヌは、相手が霊であるのならば大抵の事はほぼ処理出来る一流の死霊術士。

美神令子はオカルト関連の知識や、道具の扱い、そして戦術において右に出る者は居ないだろう。

そして、万能の霊具【文珠】の使い手である横島忠夫。

はっきり言って、このメンバーだけで対処出来ない案件の方が少ないのだ。

仮に協力をするとしても、伊達雪之丞や唐巣神父と言った一流と名の付く連中ばかりで、しかもその大半が現在は未だ見習いどころか子供だったりするのがほとんど。

ともかくその結果として横島忠夫はGSとしての横の繋がりがどうしようもなく薄く、修行先の候補が出てこないのだ。

「唐巣神父なら〜、私知ってるわ〜」

「へぇ、顔見知りなんだ」

「お婆様のお弟子さんだったんだって〜」

(そう言えば、神父と六道家にどう言う繋がりがあるのか知らなかったけど、そう言う事だったんか)

一瞬、『紹介状を書いてもらおうか?』とか思い浮かんだがすぐにそれは頭から消去する。

美神によく言われていた『六道家に借りを作ったら……シャレにならないわよ?』と言う、実感の篭り過ぎるほどに篭った言葉を思い出す事に成功したから。

「お母様にお願いしたら〜、紹介してるかもしれないわ〜」

「いや、そんな、会ってすぐにそんなお願いは出来ないから」

苦笑を浮かべながらそれとなく断る。

内心では、

(六道家に借りを作る? シャレにならんぞ、それは)

等と考えていたりするが、それは一切表に出さない。

ただ、既に冥子と知り合ってしまい六道家の敷地内に不法侵入してしまっているし、修行先の候補を教えた上に自分が名乗ったと言う事実に思い至らないのは仕方がない事だろう。

それだけ横島もテンパっているのだ。

と、その時茂みがガサガサと音を立て、そこから一人の少年が現れた。

(……この場面で出てくるって事は知り合いだろうけど、誰だ?)

そんな思考を巡らせながら出てくるのを待っているが、中々出てこない。

横島としてはこの状況を打開してくれる誰かを期待しているのだろうが、本気で気付いていないのであろうか?

ここが六道家の敷地内で、ここに来る人間が居るとしたら冥子を探しに来た六道の家の人間か、本気の不審者の二択以外はほとんど在り得ない、と言う事を。

そして、そのどちらにしろこの状況が好転する可能性がほぼ皆無だと言う事を。

横島も気付かぬそんな事実はともかく、ゆっくりと茂みの中からその人物は姿を現した。

そこに居たのは、少年。

黒髪の、何処となく育ちの良さそうな横島より一つか二つ年下に見える男の子。

「あなたはだあれ〜?」

「え、あ、ああ、その、ボクは鬼道政樹、君と、その、貴方、は?」

「あ〜、お母様の昔のお友達の子ね〜?」

「え、じゃあ、君が冥子ちゃん!?」

「ね〜、マーくんって呼んでいい〜?」

「あ、うん、いい、けど」

(ほ〜、コレがあの鬼道の子供の頃か、って、冥子さんだってすぐに気付けよ、インダラに乗ってるのを見た時点で。
 ……いや、ちょっと待てよ、今ここに鬼道が居るって事は)

名前を聞いて、色々と思い出してきたらしい。

横島が居る時点で歴史とは変化を迎えては居るが、鬼道がここに居ると言う事は、予定されていた事態が起こりつつあると言う事だ。

(いや、待て、ここでどうにか上手い事やって鬼道の親父を排除すりゃ鬼道のヤツが冥子ちゃんのストッパーに成長するんじゃないか、もしかして?)

横島忠夫、保身の為にスケープゴートを作ろうかと本気で思案中。

「マーくんのおと「あ、ああ、そうだ、俺は横島、横島忠夫って言うんだ、ヨロシクな、鬼道!!」」

「あ、はい、よろしくお願いします」

(確か出合ってすぐに何か酷い事を言われて夜叉丸で攻撃しようとした所で反撃受けて入院したとか言ってたからな、余りにも哀れなんで覚えてて良かったぁ〜)

うっすらと冷や汗を流しながら一人安堵している横島を、自分の言葉を遮られてちょっと不満そうな冥子と、イキナリの自己紹介に訳がわからず驚いている鬼道が見ているが、見られている横島本人は気付いていない。

一時凌ぎであろうとも、どんな目で見られる事になろうとも、アレに巻き込まれる事に比べればどうと言う事はないのだ。

「それで、あの横島さんは何でこんな所に?」

「ん、ああ、さっき冥子ちゃんにも説明したんだけどな、俺GS目指しててその修練場所探しててここに来たんだよ」

「でも、ここって六道家の土地だ、ですよ?」

「いや、大阪から引っ越して来たばっかりで知らなかったんだよ」

「そうだったんだ、じゃなくて、ですか」

「鬼道、別に名前にさん付けもしないで良いし、敬語なんて使わんでも良いぞ?」

「え、あ、うん、わかった」

そう答えはしたが、訛りが出てきていない所を見ると、見知らぬ年上の男の子相手にまだ緊張しているんだろう。

まぁ、今回は冥子の“父親から聞いた話”を聞いていないから、初恋らしき感情が消えていないのも要因の一つなのかもしれないが。

「えと、横島にーちゃん、GSを目指すって言ってたけど、どんな修行してるの?」

「ん、朝は二十キロランニングして知り合いから教わった剣術の型を中心に身体を鍛えて、夜は二十キロランニングして意識が飛んで倒れるまで霊力を練り上げたり全身に霊波を纏わせたりして霊力中心のメニューで修練してる」

「霊力を限界まで使って霊力量の底上げと回復力の強化をしてるって訳なん?」

「一応そう言う側面もあるけど、ホントの事を言えば今の俺の霊力の総量が低過ぎて基本を教えてくれた人の言う事をしたら簡単に気絶しちまうだけなんだよ」

苦笑を浮かべ、適当な嘘を交えながら語る。

大人のGSに聞かれたら絶対にばれるであろう嘘を交えながら。

普通は子供に霊波刀を中心にした戦闘技術を叩き込む様なGSが居る訳がないのだ。

今横島が持っている木刀に霊波を纏わせた方が霊波刀を使うよりもよほど効率的に、威力の高い攻撃が出来るのだから、普通はそっちを教える。

霊波刀なら変幻自在の攻撃が可能になり、近中距離戦闘をこなす事が出来るし、霊符等の消費を抑える事も出来ると言った利点はある。

利点はあるが、身体能力が優れていなければ悪霊や妖怪の攻撃で怪我を負う事もあるし、距離が離れてしまえば戦闘行動が行えず役立たずになる。

シロ達人狼の様な種族的に身体能力に優れ、霊力の基本量が多い連中でもない限り、人間が扱えるモノじゃないのだ、普通。

平行世界で順調に成長した式神使いの大家の娘並みの霊力があって身体能力に優れているとか、平行世界で規格外の成長を成し遂げた霊力の収束に長けたどこぞの元丁稚とかでなければ使おうとするしない以前に、その戦法を選択した時点で死に近づく。

それが霊能関係者の常識だから。

まぁ、そんな事は子供にはわからない事。

見た事はなくとも聞いた事はある、使う者を選ぶと言う、まるでヒーローの武器の様な技を使うのだ、それに心惹かれない訳もない。

その興味が優先して、チラッと語っただけの横島の修行が尋常じゃないと言う事実を忘れてしまう辺りも子供らしい所だろう。

「ね、ね、やってみてくれへん!!」

こんな風に。

例え父親がアレで生活に困窮していようと、子供がヒーローに憧れるのは止められるものではない。

……半年後の彼にそれを期待するのは無理かもしれないが、今の彼にならそう言った情報も入ってきているだろうから。

「おう、最近は霊力の方も安定してるし、良いぞ」

そして、横島忠夫はそう言った目で見られて燃えない男でもない。

基本的に、未来で年上であろうと目の前に居るのは子供。

子供の期待を裏切るのは嫌いなのだ。

見た目と言うか、世間一般では横島自身もまだ子供なんだが。

霊波の出力を上げる為の集中法――平行世界では煩悩だったがこっちでは“今は”問題があると判断したらしい――は使わないで、小竜姫から学んだ基礎をに従い霊力を練り上げていく。

常識的に言えば、こっちが普通で横島の煩悩、美神の物欲のようにわかりやすいキーがある方が珍しいのだ。

(こうやってっと、自分がどんだけ無茶やってたかわかるよなぁ)

等と考えつつ、栄光の手を生み出す。

が、反応がない。

じっと、二人とも栄光の籠手を見つめ続けているだけで何も言おうとはしない。

(な、なんだ、もしかして外したか? やっぱり霊剣状態にしておいた方が良かったか?)

等と横島が内心冷や汗をダラダラと流し始めた頃、やっと二人の表情に変化が起きる。

驚愕、としか言い様のない表情の鬼道と、ただ凄いものを見たな〜と言う表情の冥子、二人の性格がわかりやすい表情だ。

「これは、ホンマに……」

「忠夫おにぃちゃんって〜、凄いのね〜」

「除霊するには威力が弱過ぎるし、俺の身体能力じゃまともな戦闘にならんから、今は宝の持ち腐れ状態なんだけどな」

苦笑を浮かべてはいるが、褒められるのは嬉しいのか横島の表情は明るい。

鬼道と冥子にしても、霊波刀なんて滅多に見る事の出来ないモノを見れた事は嬉しいらしい。

この時点で、冥子の口から六道家に横島の情報が伝わって六道家に目をつけられると言う事実にまで気が回っていないのは仕方がないだろう。

悠仁がこの場に居たら注意が足りないと説教されていたはずだが、居ないのだから仕方がない。

「僕にも、出来るやろうか?」

「やろうと思えばやれると思うけど、無駄になる可能性の方が高いぞ?」

「無駄?」

「いや、なんてーかな、体術とか剣術も一緒に勉強せんといかんからな、最悪霊能力者としても剣術家としても中途半端になっちまうんだよ」

「ああ、なるほど」

二人とも、この時点で気づくべきだったのだ。

一人会話についていけず、無視される形になって頬をぷーと可愛らしく膨らませている女の子の存在に。

「ボクは式神を使うんやけど、なんやアドバイスとかあらへんかな?」

「ん〜、式神なんてジャンルが違い過ぎて俺のアドバイスなんて居らんだろ」

「ボクの式神の夜叉丸は人型やから忠夫にーちゃんの剣術を教えてもらえたら身になると思うんや。
 夜叉丸は霊波砲を使う訳でも忠夫にーちゃんみたいに霊波刀を使える訳やないから手足を霊波で覆って霊的格闘をするしかないけど、ボクにはその技術が無いから」

(ほ〜、肉体年齢十歳の俺が言うのもなんだが見た感じ五〜六歳の子供がそこまで考えるか、向こうじゃ秀才って評価だったけど、案外鬼道って天才なんじゃねぇのか?)

内心で横島がそんな事を考えているとは気がつかずに、鬼道は必死に言葉を並べ立てる。

普通考えればわかる事。

冥子の才が十二の鬼を従える霊力とその同調能力にあるとすれば、エミの呪術、美神の万能性、タイガーの精神感応能力と、百人居れば百人分の才能と言うのは存在する。

式神使いの才能が冥子のそれだけではなく、精密な動作や戦況を冷静に見る目などと、他分野に渡って存在するのは当然。

だから、平行世界の鬼道は知らなかったのだ。

自分が間違いなく天才の一人であると言う事実を。

まぁ、だからこそ磨き上げられた力を手に入れた、とも言えるが。

それはともかく、別にこの時点で鬼道に六道家に対する対抗意識とか、そう言ったモノは無い。

無いが、強くなりたいと言う想いを何故か彼を揺り動かしていた。

理由は知らない。

そんな原体験なんて自分はしていない。

でも、自分は強くならなくちゃいけないと、鬼道政樹は物心つくと同時に修行を始めていた。

それこそ、平行世界の彼の精神を崩壊寸前まで持ち込ませる結果となったあの修行の日々と同レベルか、年を考えればそれを遥かに超えるレベルの修行を。

修行に当てられるであろうこれからの時間を考えれば、横島以上の荒行を自らに課しているとも言える。

「……もう、イヤなんや、大切な人等が前線で戦っとるのに、何もせんと遠くで見とる事しか出来ん自分で居るんが!!」

「鬼道?」

「え、あ、あの、ボクなんや変な事言うてませんでした?」

「いや、まぁ、変、じゃないと、思う」

鬼道の言葉に横島が固まり、その反応を見て鬼道も固まる。

鬼道は気づいていない。

自分が何を口にしたのか。

横島は気づいた。

鬼道は平行世界の記憶に対する封印が不完全で、向こうで感じていた不甲斐無さや悔しさ等と言った様々な“感情”を思い出しつつある、と言う事に。

(……ヤバイかもしれんな、このまま放置しとくのも)

思考を巡らせる。

魂を、記憶ごと元の世界から平行世界であるこちらに持ち込む。

この行いに伴って起こる危険性、封印が甘かった場合の問題点、様々な点を横島はキーやんとサっちゃんから聞き及んでいたから不安になる。

向こうでは、そこまで近しい人間では無かった。

はっきり言ってしまえば、隔意や敵意があった訳ではないが、直接的なつながりの無い、距離があった人間ではある。

だが、それでも自分が知っている人間が“壊れる”のは見たくないと思うから、悩んでいる。

修練に付き合うと言う名目があれば、可能な限り近くから見守る事は出来る。

神・魔の最高指導者達が暇を見つけては自分を見て笑っているのは、時折直接声をかけられたりしているから横島は知っている。

見ていたら鬼道の事には気づくだろう。

「ん、俺の連絡先教えてやるから、後でまた連絡し…………」

この段階で、横島は気づいた。

自分が放置されている現状、唐突で必死な鬼道の剣幕、そしてそれ以上に唐突に訪れた緊張を伴う重苦しい沈黙。

その現状で六道の姫がどうなったのかに。

「え、どないし………あ」

そう、鬼道も気づいたのだ。

ぷっつんまで、秒読み状態になっている事に。

確かに、霊波が乱れて異常に高まっているが、それをぷっつんと繋げられはしないだろう。

だから、それを知っている横島が顔を引きつらせ身を強張らせているのは当然として、鬼道も同じ反応をしているのは、ぷっつんに対する恐怖は平行世界云々ではなく、魂に刷り込まれている可能性もある。

と、言うか、確実に刷り込まれているんだろう。

「ふ……」

「「ふ?」」

男二人の言葉が重なる。

この後に何が続くのかをなんとなく理解しながらも、問い返す。

背を冷たい汗が勢いよく噴出し、表情は引きつり、及び腰になりながらも二人は何とか逃げずに居る。

別に、ここで逃げた所で誰も攻めたりはしないだろうが、もしかしたら冥子が悲しむかもしれない。

片方は女の子を泣かしたらダメと言う両親の教育の結果、片方はまだはっきりと思い出せてはいない並行世界での淡い想いに従い、二人の漢は覚悟を決めていた。

((死にたくはないなぁ))

等と考えつつ、雲一つ無い青空を虚ろな目で見上げながら。

「ふぇ、ふぇぇぇえええ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!」

次の瞬間、横島忠夫と鬼道政樹は例に漏れず霊波の爆発と、そのほか諸々の爆発に巻き込まれる事となった。







今回は幼いながらも修行を積んでいたので鬼道は夜叉丸で攻撃をさばいたり凌いだりし続けた結果、怪我は以前よりも軽く半日の昏睡状態と一週間の入院で済んだ。

横島は修行の成果かギリギリまで回避を続けるも、最終的にはインダラとシンダラの超高速の一撃を連続で喰らい、気絶。

骨折もせずに打撲のみで数時間で目を覚ましたのは褒め称えられるべき事だろう。

バケモノと言った方が正しいような気もするが。

実際、冥子から伝えられた霊波刀とその頑丈さの両面から六道家から目をつけられる事になるのだが、それは別の話……ではない。

何故なら、今現在横島忠夫は六道家に軟禁状態にあるからだ。

何をどうやったのか横島にはわからないしわかりたくもないが六道家と言う名が持つ力は、横島忠夫と言う名と数日内に近隣に越してきたと言う情報だけを頼りに両親を探し出すと言う荒業で見せ付けたのである。

結果、横島は身動きが出来ない状態になっている。

下手な事したら何をされるかわからないと言う恐怖が原因で。

ちなみに、鬼道も最初は病院に居たのだが半日で昏睡から覚めたと言う話を聞きつけたとかで、横島と同じ部屋で全身に色々な医療機器を取り付けられながら今も眠っている。

鬼道の今現在の実力を見て、鬼道家に金を貸してその代わりに鬼道の身柄と夜叉丸を譲り受けたとの事。

問答無用で人身売買なのだが、それを疑問に思う人間が居なかったのでこう言う事になっている。

そもそも、横島の監視をしているのも横島より二〜三歳年上にしか見えないメイド服の少女なのだ、そう言う事もあるのだろう、この家では。

ちなみに、横島夫妻は別室にて六道夫妻と静かに、激しく論戦中。

村枝商事の鬼札の二人も、流石に霊能関係の事で霊能の大家と呼ばれる六道家を相手にするのはキツイ模様だ。

まぁ、そんな状態でそれなりに渡り合っている時点で凄いのだが。

おそらく、六道家の事を知っている人間にこの話をしたら賞賛されるか恐れられるかのどちらかだろう。

もしかしたら、六道財閥関係の人間はヘッドハンティングに必死になるかもしれない。

「や〜、ウチの親って凄いなぁ」

「そうですね、おにぃさま」

当然の如く一緒に来ていた悠仁は、今こうしてここに居る。

年の近い子の側に居るのは良い事だろうと冥子も最初はここに居たのだが、ぷっつんの罰として三十分ほどの説教と式神を一時的に封印された事によってふてくされて眠っている。

……鬼道の腕枕で。

「あっちはなんか仲が良さそうだし」

「同じレベルの式神使いと言う事で何となく安心しているんでしょう」

「まぁ、甘やかされてはいても式神連れてる奴なんてそう居ないから、微妙な疎外感を無意識に感じてたんだろうな」

その家のメイドの前で色々とヤバイ方向に向かいかねない会話を繰り広げる二人。

メイドや執事と言うのは風景の一部、調度品の一部となってこそ一流だと言う事を理解しての会話なのかはわからないが、このメイドには監視と言う役割もあると言う事を忘れてはいないのだろう。

横島が最も心配している鬼道の記憶に関して何も言及しないし、悠仁も横島が何か言おうとしてそれを場所を考えてか控えているのがわかっているから何も聞こうとはしていない。

悠仁の場合、(冥子さんは鬼道とくっつければ良いからライバルが増えずに済みます)等と内心思っていたりするからこその余裕かもしれがないが。

「それにしても、十二神将の威力はシャレにならんな」

「……ほぼ無傷のおにぃさまが言う事ではありませんよ」

「そうか?」

「そうです」

そんな会話をしていると、音も立てずに扉が開かれて疲れきった表情の大樹と、意気投合したのか牽制ではなく本当の笑顔を向け合う百合子と冥子の母の姿がそこにはあった。

どうやら、舌戦は両者合意に達する意見を見る事に終ったらしい。

何故、大樹一人が力尽きているのかは誰にもわからないが。

『アレもなかなか見物でしたね』

『いやホンマ、神・魔の会合でもあんなんはそう見れるもんやないな』

等と言う声が横島には聞こえていたが聞き流した。

つっこんで具体的な内容を聞かされるのを避けたかったんだろう。

最高指導者二人がそう太鼓判を押した内容を知りたいと思う人間はそう居ないのが普通だし、横島はそう言う面では普通に分類される。

他の面ではかなりと言うか徹底的に常識を外れていたりするが。

「えっと、その、迷惑かけて、ゴメンナサイ」

一瞬前までのほほ〜んとして居たが、内心相当両親に迷惑をかけたと思っているらしく、大人達が何か言葉を口にする前にまず頭を下げて謝る。

実際は、偶然入った森が人の敷地で、そこでその土地の持ち主の子供と別の一人の子供とも遭遇。

話し込んでちょっと油断した瞬間にぷっつんされて意識も途絶、そして気がついたらここに居ただけなのだ。

はっきり言って、横島の行動に問題点は一つも無かったりする。

六道家の敷地と言っても横島が居た辺りから少し先に進めば『ここより先、六道家敷地』と書かれたプレートが立っていたので、あの辺りまでならば別に入って行っても問題は無かったのだ。

ただ、運が悪かっただけ。

神と魔の最高指導者から祝福を受けているはずなのに、だ。

「何、気にするな、俺達も良い経験をさせてもらったからな」

「ええ、本当に」

子供の声を聞いたからか復活した大樹と百合子がにこやかに答えると、冥子の母のコメカミの辺りから一筋の汗が浮かんでいたりする。

冗談でも皮肉でもなく二人は有意義な時間を過ごせたとか思っているんだが、冥子の母にはちょっとした皮肉に聞こえているらしい。

まぁ、問答無用で人様の子供の身柄を確保して、自分に有利な方向で話が進む様に色々と虚実を混ぜて――虚はほとんど二人の勘と今までの人生で磨き上げられた経験で見抜かれた――話をしていたのだ、皮肉を言われていると思っても仕方が無い。

「で、何話してたの?」

「いや、俺達でも調べられなかったお前に剣術だのを教えた師匠とやら誰だろうとか、こっちで修行を見てもらいたいって言ってた唐巣って神父の話を聞いたり色々だ」

「へぇ、そう、なんや」

ニヤリと笑う大樹の言葉に、横島の背中には冷や汗が流れ落ちる。

それも結構な勢いで、大量に。

顔に出さなかったり、見える所に汗を流さない辺りは成長が伺えるのだが、大樹や百合子にとっては十分わかりやすいらしく、何かを納得したような顔をしている。

何を納得したかと言うと、横島忠夫の師匠なる人間は存在しない、と言う事をだろう。

そうなると、誰がどう言う意図を持って横島にそんな修行の為の知識なんぞを教えたのかと言う疑問も湧いては来るが、息子に新たな秘密が、自分達も知らなかった秘密が存在していると言う事が発覚しただけでも二人には十分なようだ。

別に悪事を働いたと言う訳でもないのだから二人は追及したりはしないだろうが、隠し事をしていると言う事実が横島にはプレッシャーになっているらしい。

別に、感じなくても良いプレッシャーなのだが、横島忠夫と言うのはそう言う人間なのだから仕方が無い。

「それで〜、私が後見人になって唐巣クンに紹介してあげようって話になったのよ〜」

「は、えっと、そうなんか、親父?」

「ん、まぁな、色々と話を聞いて六道さんに任せても問題は無い所は任せた方が良いと思ったんでな。
 勝手に決めて悪いとは思うが、お前の為になると思ったからな」

「二人が俺の為に考えてくれた事なんだから文句は無いけど、良いんスか?」

「良いわよ〜、代わりに色々とお願いする事になると思うから〜」

「そ、そうっスか」

横島忠夫十歳(精神年齢約二十五歳、最近若返りつつある模様)、本人の知らぬ間に人生の岐路を踏み出してしまったらしい。

とりあえず、一歩目から本人の意向は無視されていたのだが、二歩目でもまた望んだ道とはちょっとずれた方向へと踏み出してしまった模様。

それでも今回は修羅場が拡大しないとわかったからか安堵はしている。

この師匠の選びの結果、本人が予想している以上に“早く”将来起こるはずの修羅場が発生するであろうと言う事実にまだ横島忠夫は気づいていない。







『まぁ、一般常識かなぐり捨ててつようなった訳やし、戦闘に関係せん限り鈍いんはデフォルトやろ?』

『確かにそうですけど、それはそれとして鬼道政樹、彼をどうするかですよ』

『下手に干渉したら記憶を呼びさましてまうかもしれへんからな、しばらくは監視を続けるぐらいしか出来んやろ』

『そうですね……あちらの記憶を保持している誰かに監視対象の一人として監視してもらいましょう』

『ん、それで最悪の場合は一時的な封印を施すぐらいしか出来んか』

『まったく、何故彼の周りには非常識な人間が揃うんでしょうねぇ』

『ホンマ、せやな』

ほのぼのとそんな会話を交わす神・魔の最高指導者を他所に、大量の決済待ちの書類を手に泣きそうな顔をしている天使を魔族が慰めているのは気にしてはいけない。

その後、その二人が種族の違いを乗り越えて恋に落ち、大恋愛の末にデタント推進に一役買ったとか色々と裏話はあるのだが、それはまったく関係の無い未来の話。




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あとがき


タイトルをつけるなら、『横島忠夫、正式な師匠を得る』になるんでしょうか

唐巣神父はまだ出てきていませんが、六道家の権力の前にはきっと無力でしょう

悪事の片棒を担げとか、そう言う事を言われている訳でもないんですから

本当はこのまま唐巣神父に弟子入りしてって所まで書こうと思っていたんですが、そこまで書いたらちょっと長くなりそうだったので切っちゃいました




以下、NTにていただいたレスに対する返信です

引越し、私自身はした事が無いので上手く書けるか心配だったんですが納得してもらえた様で何よりです

雪之丞やピートの名前を省いた理由は、メンバー全員の事を書いたらそれだけでシャレにならない分量になりそうだったので、力一杯省いてしまいました

本来悠仁は居ないはずの人間ですから、それを無理矢理どうにかしたんだから裏で色々とあっても良いんじゃないかなぁと、書き加えてみました

実の事を言えば、制裁はこれから先ほとんど起きないかもしれません

あの場に居たのは年上のガブリエル、同年代のスルトと夏子、年下の悠仁と同年代か年上の人しか居ませんでしたし、銀一と言う友達の引越しもあり、両親の転勤に伴う引っ越しですから、ワガママを言いたくても言えない言う訳には行かないとか、そんな混乱状態にあって訳がわからなくなっていたから制裁なんて行動に出ちゃったんですよ

基本的に以降、同年代の人や年上の人が加わるとしたらワルキューレや美衣さんとかの人間じゃない人達か男連中、もしくは人妻くらいしか出てこなくなるので、制裁シーンはほとんど無くなるかと

あるとしても今回みたいにぷっつんに巻き込まれたとか、喧嘩の仲裁に入って巻き込まれたとか、巻き込まれるぐらいしかないと思います

いや、小竜姫にセクハラがどうこうで何かされる可能性は皆無と言う訳でもありませんし、横島の暴走を止める為に誰かがそう言う役割を担う事になるかもしれませんが全員参加の制裁はおそらくもうありません

でわ




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