第二話



監視役の二人の人員と合流し、三人は刹那を先頭にして学園長の元へと急いでいた。

遅れてやってきた監視役の姿は無いが、時折こまの耳が動き背後の音を拾っている様子を見るにそちらに居るのだろう。

姿を見せずに後方から監視などと言う事を監視役がしているからか、先までの繰り広げられていた楽しげな会話はもうされておらず、ただ黙々と森の中を進んで行く。

「田村さん、このペースで大丈夫ですか?」

唐突に、刹那が問いかける。

「これくらいやったら、何とか」

「福ちゃん、ムリしてないのニャ?」

「大丈夫やって、ペース自体はそうムチャ言うワケやなし、こうやって話しとらんかったらさっきみたいにはへばったりはせんて」

その答えにこまと刹那は少し不安そうな表情を浮かべるも、納得したのか口を噤む。

どうやら歩き始めた当初は話をしながら歩いていたらしいが、この移動速度で会話をしていたら福太郎が一度力尽きたらしい。

そんな会話を思い出したように繰り返しながら、五人は森を抜けて行く。







この地の名は麻帆良学園都市。

福太郎達が居たのは麻帆良を囲うように存在する森の奥深く。

そして向かう先は学園都市の中央に位置する学園長室。

更に言えば現在時刻は深夜の一時を回っていて、電車やバスは動いていない。

それがどう言う事を意味するかと言うと、

「…………キッツ」

フツーの人よりパラメータの低い男が力尽きる。

「大丈夫かね、田村……福太郎君?」

「ああ、スンマセン、歩きでこんだけ移動するとは思ってなかったもんで、ちょっと疲れ……」

部屋の主である頭の長い老人、学園長の問いにソファの上でぐったりとしていた福太郎が身を起こして答えを返そうとして、学園長の姿を見て固まる。

「む、どうしたかの?」

「か、管理人ちゃん、桜咲さん、ぬらりひょんや!!」

学園長の声に再起動を果たした福太郎は真顔で、はっきりとそう叫ぶ。

「いえ、あの、田村さん、この方が学園長です」

「へ、そうなん?」

「フォッフォッフォッ、その通り。
 わしが麻帆良学園で学園長をしておる近衛近右衛門じゃ」

明らかに特定の部位を見ながらの、普通ならば怒り出しても仕方が無いような言葉を笑って流して名乗り、長い年月を生きた証である白く豊かな眉の下、その目が開かれ、言葉にせずとも明確にその胸の内を告げる。

虚偽は見逃さぬ、と。

そして敵対するのならば容赦はせぬ、と。

殺気すら込められたその静かな眼光に刹那は思わず身を硬くし、こまはすぐに動けるようにとわずかに重心を移動させ、福太郎はまるで気付いていないかのようにのんびりと出されたお茶を飲む。

「それで、キミ等は何者かの?」

「オレは田村福太郎言います。
 絵描き……やなくて、昨日から万魔殿学園言うところで美術教師をやってます」

「私は竜造寺こま、足洗邸管理人にして【中央八卦守六十四卦】の一易【水地比すいちひ】。 H・Nハンターネームは【猫の目キング】」

福太郎は一部慣れないのか言い直したりもしたが平素通りにあっさりと名乗り、こまの先とは違う名乗りに驚き振り返る。

「へ、ちょ、管理人ちゃん、それ隠してたんちゃうの?」

「ここが何処か、福ちゃんも何となくだけど気付いてるはず、違うのニャ?」

「……あ〜、いや、まぁ、そこはほら、近衛さんに確認取ってからって事でどうやろ?」

「福ちゃんがそう言うなら、分かったニャ」

無駄と理解しては居るのだろう。

それでも、目の前に居る刹那や近衛老に理解を求めるにはそれも必要だと判断したのかこまは口を閉ざし、湯飲みを持ち。

……熱かったのかふーふーと息を吹きかけて冷まし始める。

「それで、中央八卦守六十四卦とやらが何なのか、説明してくれるかね?」

「あ〜、やっぱ知りません?」

「うむ、それなりに長く生きて色々と見聞きしては居るが、わしは知らんの」

しばし瞑目し、否定の固定の言葉を紡ぐ。

福太郎もそうだろうとわかった上での問い故に焦る事も無く納得した表情で頷き、応接用のソファの背もたれに身を預け、天を仰ぐ。

「とりあえず、オレらの世界について、語るから聞いてみてくれます?」

「田村君達の世界、か。
 聞かせてもらおうかの」

不思議そうな顔で二人の会話を見守っている刹那を他所に、何か得心行ったと言う表情を浮かべた学園長は興味深そうに問うてその目に殺気や威圧感を押さえる。

「二十数年前、どこぞの召喚士が大召喚なんて事をしたらしいんです」

「ふむ、大召喚、のぉ」

「世界中にありとあらゆる異界、魔界を呼び出して、世界中に妖怪やら悪魔やら魔物やらが溢れ出して何もかもがグチャグチャになって、人類の三分の一が死滅してそれ以上の異形が溢れ出しました」

「その結果、混沌とした世界を纏め上げ、統治したのが【中央アー・グラ・ケイオス】なのニャ」

語る言葉は正気を疑うような荒唐無稽。

だと言うのに、その声音に虚偽はなく。

その瞳に狂気は無い。

ただ、事実を語る声と瞳がそこに在る。

「……異世界もしくは平行世界、と言う事かの?」

「まぁ、大召喚を誰も知らん上、あの街並みですからほぼ確実に」

「田村君達に異世界に来てしまうような心当たりはあるかの?」

再度問われ、こまと福太郎は互いに顔を見合わせすぐに合点が言ったと言う表情を浮かべ、苦笑めいた笑いをこぼす。

「少なくとも二〜三は」

「まず庭に地獄に通じる井戸があって、メフィストさんの壹號室は大量の荷物を収納する為に異空間化しる上に地獄送りの魔法陣があって、後は弐號室にはホコロビがあるのニャ」

「凄まじいところに住んで居ったんじゃなぁ。
 ……それに、こまちゃんと言うたか、キミとそのメフィストと言うのは伝承に残っとるあの鍋島の化猫のこまと、ファウストと契約したと言われておるメフィストフェレスの事で良いんじゃろうか?」

「そうニャ」

その問いにこまは頷き、誇らしげにゆらゆらと七本の尻尾を揺らし喉をゴロゴロと鳴らす。

鍋島の化猫。

飼い主を謀殺され、飼い主の母は己が命を絶ち、その血を啜り化け猫となった一匹の猫が過去に居た。

主の仇を果たすそうとするも退治され、その際に『七代祟る』と言う言葉を残し、それを実行した。

一代祟るごとに増えた七本の尾。

現代の感性を持つ人間には誇るべき事ではないように思えるかもしれないが、そこは仕方が無いだろう。

こまが生きたのは江戸時代であり、今まで居た大召喚の起きた世界では死がどうしようもないほどに身近に存在していたのだから。

仇討ちは誉れと言われる事こそあれど、忌避される事は無かったのだ。

「田村君?」

問いの意図を読み取ったのか福太郎は苦笑を浮かべ……冷や汗を多少流したりしつつも、心配は無いと首肯する。

「まぁ、オレらの世界にも鎮伏業ハンター言う警察みたいな仕事もあるし、オレが無事ですし、そないに心配せんでもええですよ」

「ふむ、確かに田村君が無事ここに居ると言う事が何よりの証拠と言えば証拠かの」

近衛老はとりあえずの納得はしたのか深い吐息と共に椅子に座り直し、背もたれに身を預ける。

その仕草に、刹那がやっと気付く。

近衛老もまた、今の今まで戦闘態勢を取っていたのだと。

数百年に渡り体術と気の力を用いて敵を屠り続けた神鳴流の剣士に気付きもさせぬその所作に、普段は調子に乗り過ぎな風にも見える好々爺が魔法の力や体術云々で計れぬ存在なのだと。

そして、場合によってはこの場で二人を“処理”するつもりだったのだと。

「それで、二人はどうする気かね?」

「オレ一人ならどうとでもなるとは思うけど、管理人ちゃん放ってって気にはなりませんから。
 ……どないしよ?」

「私は元の姿に戻ればどうとでもなるニャ」

「せやけど、人間の形になるのって簡単や無いて玉兎も言うとったし」

「それは……」

そんな刹那の様子に気付く事も無く三人は会話を続け、ようやく問題点に行きついたのか場が沈黙に包まれる。

会話も無い数分沈黙の後、近衛老がゆっくりと口を開く。

「……話は変わるんじゃが、こまちゃんは強いんかの?」

「それなりに強くなければ六十四卦にはなれないのニャ」

「で、田村君は学校で美術の教師をしていた、と」

「はぁ、そうですけど?」

「ふむ、こまちゃんは強くて、田村君は教師経験者、か」

何やら思案気な表情で顎鬚をしごきながら、何かを考えていた近衛老の顔に笑みが浮かぶ。

イタズラを思いついた子供の笑顔とでも言うのか、とりあえず老人が浮かべるにはちょっと問題がある類の笑顔かもしれない。

「……どうじゃろう、こまちゃんはうちの生徒に、田村君は我が校の美術教師になる気はないかの?」

「話の流れからしてもしかして、思うとりましたけど、管理人ちゃんを生徒にって言うんは予想の斜め上を行ってますな」

「フォフォフォ、まぁ、仕方無いじゃろう?
 こんな小さい子に下手な仕事を割り振る訳にもいかんからの」

「せやけど、ただの生徒言う訳やないんでしょう?」

「そりゃあ、のう?」

「……福ちゃん、私に制服って似合うニャ?」

唐突な言葉に刹那と二人沈黙を保っていたこまが、そんな冗談じみた問いを口にする。

近衛老の唐突な言葉が既に決定事項であるかのように。

「桜咲さんの着てるような制服やろ、似合うな」

「うむ、こまちゃんは可愛いから似合うじゃろうな」

「そんなに言われると照れるのニャ」

兄のように、子供好きの老人のように褒め、そして言われた方も喉をごろごろと鳴らしながら照れる。

まるで普通の情景にしか見えないそこに、刹那は一人付いていけずいぶかしげに三人を見る。

当然だろう。

唐突な、それこそ冗談としか言えないような提案がなされ、提案をされた方もした方も、互いにそれが既に確定事項のようにして話しているのだから。

「どないした、桜咲さん?」

「え、あ、いえ、話が急過ぎて、少し、驚いているんです」

そんな刹那の様子に気付いた福太郎が問い、刹那も自分の考えが纏まっていないのかしどろもどろに何とか言葉を返す。

常識的に考えれば刹那の方の思考が正しいのに、この場に居る面子の割合で言えば刹那の思考の方が異端。

それ故に、混乱しているのだ。

「ん〜、何や、勘違いしとるんやな、桜咲さんは」

「勘違い、ですか?」

「そ、オレらに選択権なんて無い以上、提案出されたら受け入れる以外に道は無いやろ?」

「選択権が無いだなんて……」

「無いやろ」

「うむ、申し訳無いが無いの」

刹那の言葉に近衛老と福太郎の二人はきっぱりと告げる。

流石に、近衛老はこの場に居るほとんど誰にも気付かれない程度に苦い色を皺に埋もれえた瞳に浮かべていたが。

「何故、です?」

「まず魔法に関する事は隠匿しなければならんし、仮にこまちゃんが人の姿を捨てて猫の姿に戻って生きて行くとしても田村君は戸籍も何も持っておらんからのぉ」

「そう言う事なのニャ」

そうそうと首肯しながらお茶を啜る福太郎を見ながら、未だ不満そうな表情を滲ませながらも黙り勢い良く湯飲みを傾ける。

不満はあれど別の解決策を思いつける訳でも無く、黙るしかないから。

生い立ち故に世界に裏も表も存在すると理解しているとは言え、魔法使い=正義の味方と言う図式が成り立つ世界に住む刹那にしてみれば脅迫のような行動に不満を感じるのだろう。

が、はっきりと言ってしまえば衣食住。

更には仕事まで与えると言う近衛老の提案を受け入れるのは、多少の問題を脇に除けてしまえば悪い事は一つも無い。

そこまで頭が回らないのは、迫害を受けたとは言え救いを得、裏の世界に身を置いているとは言え未だ中学生の子供である証だろう。

「まぁ、契約や住まいに関しては明日にでも詳しい事は決めるとして、とりあえず今日のところは宿直室で寝てもらえんかな?」

「わかりました」

「二人を案内してもらえんかな?」

「……はい」

何処か不服そうでありながらも答えるまでの、それこそ二度呼吸する程度の間で気持ちを落ち着けたのか表情を消した刹那は頷いてソファから立ち上がって一礼した後に部屋の外へと出て行く。

とは言え、不満を全て押し殺せている訳では無くその後姿や歩き方に多少の機嫌の悪さが見て取れるのだが。

「じゃあ、これからお世話になります、学園長」

「お世話になりますなのニャ」

「うむ、それでは明日、十時頃に」

短い会話の後、二人は刹那の待つ廊下へと出る。

廊下で二人を待っていた刹那は言葉も無く二人を見るとそのまま先に立って歩き出し、無言のままに宿直室へと案内すると一礼して立ち去って行く。

「桜咲さん、オヤスミ」

「オヤスミなのニャ」

「……おやすみ、なさい」

辛そうな、申し訳無さそうな声と共に刹那は駆け去り、福太郎が何か告げようと開いた口を閉じ、一つ溜息を吐き部屋に戻る。

「良い子やなぁ」

「明日にでもまた会いたいのニャ」

「ん、今回の事は気にせんでもええって言って上げなな」

そんな約束を交わし、二人は宿直室に入って行く。

こうして、異常な世界からやって来た絵描きと猫の一日が終りを告げ、新たな物語の幕が開く。




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あとがき


がんばってみました、色々と

学園長が別人とか言うツッコミは無しの方向で、日本の東半分と言うか日本の西洋魔法使いの管理任されてるっぽい人なので、これくらい真面目になれてもおかしくはないだろう、と言う事で

その他にも疑問異論違和はあるでしょうが、修正可能なモノは修正したりと努力いたしますので、どうぞ生暖かい目で見守ってやってください

それでは、今回はこれにて失礼いたします




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