第十六話



ハヌマンから四人がそれぞれの修行――正確には武器だが――を賜ってから三日間、小竜姫は何処かに旅立ったまま帰って来る事は無かった。

その間の食事は何だったかと言うと、仙丹。

それも、“仙人になる為”の仙丹ではなく、“強くなる為”の仙丹だ。

一日を完全休息日としたのと同等かそれ以上の霊力・体力回復効果があり、その他様々な効果があるので、強くなる事に固執している面のある四人に不満は無かった。

無かったが、それでも小竜姫が帰って来た時、横島と鬼道の二人は仙丹以外のモノが食べられると、本気で号泣した。

理由は単純明快。

ただ、不味かった。

それはもう、凄まじく。

舌が痺れるほど苦く、凄まじい勢いで汗が噴出すほど辛く、頭痛がするほど甘く、普通どれか一つを味わえば舌が死んで味なんてわからなくなるはずなのに、何故か一つ一つ味がしっかりと認識出来るのだ、この常識をさらっと無視した仙丹は。

普通なら、一つ食べれあ味覚が死ぬであろう一品なのに、食べれば食べるほどに味覚が鋭敏になって行くのだ。

五感の鋭敏化。

体内の毒素の排出。

それらの効果によって、食べれば食べるほどその味を深く理解してしまう。

そう言う一品を三日間の間、修行中に体力が尽きたと判断したら食べ続けたのだ。

だから、横島が気付かなかったとしても許されるだろう。

何故か、小竜姫と一緒に、見知った顔が七つあった事に気付かなかったとしても。

「おにぃさま」

横島忠夫はこの聞き慣れた声を聞き、竜気・妖気・霊気が溢れ出した時、某ゲームの『死の宣告』を実際にされるとどう言う恐怖を味わう事になるのかを理解したと言う。

……実際は悠仁達は気付かれなくて拗ね、その感情に引きずられて霊気何かが少し漏れ出ているだけで激怒していると言う訳でもない。

横島が死の恐怖を感じている本当の理由はその溢れ出した気配と、悠仁達の存在に気付けなくて実質無視したと言う事実。

そして半月近く相手にしていないと言う事実から、負い目を感じているからだったりする。

「それで小竜姫、御主この三日間何をしとった?」

「あ、えと、その、修行、してまし、た」

「……ま、良いじゃろう。
 花嫁修業も修行には変わりないからの」

「なっ、何故それを!?」

「竜宮の乙姫が人間の小僧を追いかけて地上で遊んでおると言う話は聞いておるんじゃ、気付かん訳もなかろう?」

横島が死を覚悟している横で師はニヤリと笑い、姉弟子は冷や汗をダラダラと流しながら固まっていた。

「とりあえず、休憩がてら御主のこの三日間の行動でも、話してもらおうか」

「……はい」

もう一人の弟子を横目に、師は尋問を始める。







「あ、あれ、ここは?」

超加速で逃げ出した小竜姫は、何故か人間の町の中に居た。

しかも、何だか見覚えのある場所に。

「……あら、小竜姫さん?」

「え?」

自分の行動はともかく、何故ここに居るのかわからずにキョロキョロと回りを見回していると、不意に声をかけられ振り返った先には、百合子が居た。

「あ、御義母様」

「今日はまだ時間じゃないけど、どうしたの?」

「それは、その、ちょっと、ありまして、逃げ出してきちゃいました」

「……あの子、ついに無理矢理?」

真っ赤になってわたわたとしている小竜姫を見てそんな事を真顔で言い出す百合子。

さすがに、まだ十三歳の子供が相手なので本気ではないだろうが。

神様がどうこう以前に、息子に好意、もしくはそれ以上の感情を抱いていると簡単に読み取れる女の子相手に『御義母様』とか呼ばせている人がそんな細かい事を気にするかどうかは正直謎だが。

「そっ、そんな事っ!?」

「まぁ、“まだ”しないでしょうね」

苦笑を浮かべながら告げる言葉には、妙な実感が篭っている。

大樹の事があるからそう言っているのか、別の意味があるのかは本人にしかわかりはしないが。

「ねぇ、小竜姫さん。
 忠夫って“普通”だと思います?」

「え、普通、ですか?」

「そう、普通」

唐突に変化した話の意味がわからず、首を傾げるが真剣に悩む。

百合子の声も、表情も、大切な事を聞いていると小竜姫に理解させるだけの想いが篭められていたから。

「……私が知っている人間は、修行を行いに来た夢・理想・理念・執念・決意を抱いた人間がほとんどです。
 だから普通と言う分類されるべき人がどう言う方なのかはわかりませんが、その中でも忠夫さんは普通じゃないと思います」

だから、小竜姫もはっきりと思った事を口にする。

「あの年齢で妙神山に修行をしに来ると言う時点で、鬼門を越える事が出来たと言う時点で、普通ではありません」

それを言ったら西条や鬼道も同じような状態なのだが、今は関係が無い。

「十二歳前後で成人と認められていた平安の頃やもっと前でも、十代の人間が山に来る事は稀でしたから」

思い返すように目を閉じ、言葉を紡ぐ。

そうすれば、簡単に脳裏に浮かび上がるから。

お風呂を覗こうとして毎回“偶然”音を立てて気付かれて怒られる姿。

本当に嬉しそうに御飯をかっ込むように食べる姿。

座学の時は一瞬前までしっかりと話を聞いていると思っていたらいつの間にか寝ている姿。

何処か、道化じみている。

故意にそうしているのか、偶然そうなっているのかはわからないが、彼は道化じみた行動を取る。

実戦形式の訓練の時でも、組み手の時でも彼は道化じみた行動や発言をする。

挑発の意を篭め、演技と本気の狭間でゆらゆらと揺れながら、それでもその中心は揺るがない。

本気で怯え、本気で恐怖し、それを表に出しながらも冷静に計算する。

慣れた小竜姫や西条ならともかく、普通は戸惑う。

冷静に相手の命を狙い、時には自分の命すら危険に晒してみせるのに、怯え、戸惑い、時には情けない悲鳴すら上げてみせる。

挑発でも何でもなく、ただ本当に怖いから。

西条が相手だと慣れもあるのか悲鳴をあげたりする事はほとんど無くなったが、格上の小竜姫が相手だと情けない姿を平気で晒す。

本当に、怖いのだ。

命を奪う事も、奪われる事も。

もしかしたら、その為の技術を磨いている事にすら恐怖を感じているのかもしれない。

それでも、横島忠夫は鍛え続けている。

本人に聞いても、自覚していない事だから確実に否定するだろうが。

「それに御義母様のお話を聞いて、忠夫さんの話を聞いて、やはり違和感を覚えます」

「やっぱり?」

「忠夫さんは前世の記憶を持ち合わせているようですが、その時にあそこまで自分を追い込むほどの何かがあったとしたら、それは前世に取り込まれて居ると言う事になるはずです。
 ですが、御義母様なら忠夫さんと忠夫さんの前世との違いにすぐに気付いていたと思いますから」

横島と百合子の二人を知っているからこその言葉。

直感。

女の勘。

それこそ霊能力者の霊感とか、神から直接与えられた神通力とか呼んでも差し支えないレベルで何でもこなしてみせる横島百合子。

道化を演じ、しかし演じていなくともその本質の一面は確かに道化で、芝居のつもりで本音を晒し、本音のつもりで芝居をしてみせる。

語らず、騙らず、ただ“何か”を秘している横島忠夫。

霊能に関する事柄ならば横島の独壇場と言っても良いだろうが、それ以外の面ではまだまだ百合子が勝っている。

そもそも、霊能力以外の事柄で横島夫妻に勝る人間など、それこそ一握りも居ないだろう。

平行世界で横島大樹は銃で武装したゲリラを一人で壊滅させ、吸引符に封印されていた悪霊数体を素手で叩き伏せ、並以上の悪霊が相手でも生き延びて見せた。

同じく並行世界で横島百合子は一人でハイジャックを阻止してみせたり、神通棍を通していたとは言え殺気を霊力に変換して空港に被害をもたらしたりもして見せた。

……霊能の修行を積んだら横島に勝ち目が一切無いようにも見えるが、きっと気のせいだろう。

横島の両親だから凄いと言うべきか、この両親の子供だから横島は凄いと言うべきなのか、どちらとも言えないのが凄まじい。

とにかく、芝居をしているのなら。

横島忠夫を演じている別の“誰か”ならば百合子が見抜けない訳が無いと、そう長い付き合いではなくとも小竜姫は理解しているからはっきりと断言する。

「だから、多少の影響は受けたのかもしれませんが、忠夫さんが今の忠夫さんとして行動している事の八割以上は、前世も何も関係なく、今の忠夫さんの想いに従っての行動だと思います」

「って事は、やっぱり私も知らない何かがあるって事ね、あの子」

「だと思います」

「ん〜、ま、それに関しては悪い事じゃなさそうだからあの子が言いたくなったら問い質すとして、そういえば小竜姫さんは何でここに?」

「え、あ、それは、その、えっと、まぁ、あの、忠夫さんが、かわいいって、私の事、言ってくれまして。
 それで、その、恥ずかしくて、ちょっと走っていたら、気がついた時にはここに」

「…………さすが神様ねぇ」

それが照れて逃げた結果大人の男――西条・横島・鬼道の三人は子供と計算していない――が電車を乗り継いで半日仕事の距離を無意識に走破した事に対してか、本気か冗談か思った事を口にしただけかはともかくそう言う事をなるべく口にしないようにしている息子に『かわいい』と言わせた事に対してか、明らかに言われなれていない小竜姫の周りの神族に呆れて居るのか、その内のどれに対してなのかはわからないが、百合子は短くそう感想をこぼして苦笑を浮かべる。

結論から言えば全てだったりするのだが。

「それを言ってくれた時、何て言うか、あの、凛々しいって言うか、カッコ良いって言うか、素敵で…………」

小竜姫、妄想スキルを取得。

何と言うか、西条達の予想を超えたレベルで小竜姫の横島忠夫に対する傾倒は進んでいるらしい。

横島の行動がどうこうと言うのもあるし、平行世界の感情に後押しされていると言うのもあるだろう。

だが、それにしても早過ぎる傾倒。

横島が妙神山へと修行に来た当日。

西条と横島が座学で与えられた課題をこなしている時に小竜姫は百合子の前でカチカチに固まりながらソファーに座って横島の話をしいていた。

そしてその後、当然の流れのように百合子から料理を教わり、多少の違いはあったとしても知らないはずの百合子の味付けを昔から知っていたかのように四日目には再現して見せ、小竜姫は妙神山に戻って行った。

その翌日も、その翌日も、小竜姫は百合子の前にやってきて少し話をして料理を学び、妙神山に戻ると言う生活を横島が妙神山に来た翌日から延々と繰り返している。

普通なら異常な事だと気付くし、誰かが疑問に思うはずなのに誰も違和感すら感じて居ない。

妙神山に居る西条達は横島の為に学んだとその時点で思考を先には進めていないが、少し考えればすぐに疑問を抱くだろう。

どれだけ練習したとしても、たかが四日学んだ程度で主婦が何年もかけて作り上げた独自の味を。

計量カップや計量スプーンを作って正確に測った訳でもない、目分量でつけられている味を、多少の差異で抑えられる程度に真似られるのか、と。

それに、小竜姫はまるで知り合いの家に向かうかのように迷うことなく横島家に向かったし、この時代の風俗なんてしらないはずなのにジャケット、シャツ、ミニスカートと言う時代に沿った装束を当然の如く着ていたりと、おかしな所は山ほどある。

最後の二つに関しては前々から小竜姫を知っている人間――平行世界の小竜姫を知っている横島や悠仁、それにハヌマンや最高指導者達――でなければ気付かないから良いとしても、四日で味を真似た事に関しては誰かが疑問に思ってもおかしくないのに、誰も疑問に思って居ない。

まぁ、それも最高指導者の二人の指示で種族を超えた恋人達が必死に駆けずり回った成果だったり、最高指導者付きの上級神・魔の干渉をあっさりと退けて疑問を抱いた横島夫妻の追及をしどろもどろになって必死に説明した悠仁の努力のおかげだったりするのだが。

ちなみに、横島夫妻が干渉を排除出来た理由は、後々問題にならないように魔力や神力をほとんど使わずに小竜姫達の行動に疑問を抱かないように暗示をかけたのだが、横島百合子は勘で、横島大樹は自分の思考の矛盾点に気付いて、そこから自分達が何者かに“何か”をされている事に気付き、誰がそんな事をしたのだろうかと疑問に思っている事に気付いた悠仁が説明したのである、ある程度事情を伏せた事実を。

そして今現在、横島夫妻は『横島忠夫修羅場劇場』別名『横島忠夫ハーレム構築計画』の一端を担う立場になっている。

悠仁はある程度事実を伏せて説明するつもりで居たのだが、肉体は子供。

時期は春休みと言う長期休暇。

両親は横島百合子に横島大樹。

例え魔王としての記憶を持っていたとしても、事実を全て伏せたまま切り抜ける等と言う奇跡を起こせる可能性は悠仁には最初から無かったのだ。

ハーレム構築と言う最終目標を聞いて、百合子がそれを阻止しようと動くかとも思われたのだがそれは無かった。

『本人がそれで良いって言うのなら、横から言っても仕方ないじゃない』

と、言う事らしい。

参入予定のメンバーの中に、種族的として一夫多妻がタブーとしていない存在が複数居たのも大きな要因だろう。

実際にハーレムが完成した時には百合子の手による本気の折檻が横島を待ち受けてはいるだろうが、ハーレム構築の最大の障害と思われていた強敵が排除されていたのだ。

横島本人にはその事実を伝えられていないので、ハーレムがどうこうと言う話を聞いた前後に想像してしまう紅百合の恐怖に時折震えているが。

そして、そんな百合子は現状を考え、ちょっとてこ入れしようかと考えていた。

どう言う事かと言うと、一月も小竜姫有利の状況を続けるのはフェアじゃないんじゃないか、と。

実際は後々横島は下界に戻り、小竜姫は妙神山に篭る事になるのだから、一月他の女が居ない状況と言うのはアドバンテージと考えるには少々足りないのだが、そこはそれ、結局は『楽しめないのはどうだろう?』と言う事だ。

「ねぇ、小竜姫さん、忠夫の修行、見学させても良いかしら?」

「え、良い、ですけ、ど」

武神を固まらせる笑顔を浮かべ、その手を取って歩き出す最恐の主婦。

こうして、横島百合子主催の二泊三日妙神山見学ツアーは決定した。







ちなみに、百合子はその日の内に出発する予定だったのだが、予定が三日もずれた理由は以下の様な事が原因である。

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい、早かったのね」

「いや、珍しく今日は妨害が無くてな、さっさと仕事が片付いたんだ」

言いながら何かズタボロになった黒い塊を二つ、部屋の隅に放り投げる。

サラリーマンが会話の中に何気なく妨害がどうこうと言う言葉が入るのは異常なのに、誰も反応しないと言う事は何らかの妨害工作が行われて居たりするのは普通の事なのだろう。

「それは?」

「ん、いやな、こう言う連中の撲滅は済んだと思ってたんだが、黒服の怪しい大男が家の中を覗き見ててな。
 とりあえず叩きのめしておいた」

「あ、御義父様、おかえ……ああっ、鬼門!?」

「ん、これと知り合いなの?」

首をコキコキ言わせながら、軽く疲れたとアピールしながらイキナリ驚きの声を上げた小竜姫に問い掛ける。

その額にうっすらと汗が浮かんでいるのは、色々と嫌な予感を感じているからかもしれない。

「え、ええ、あの、妙神山修行場で修行者の実力を測る為に門番をしてもらっているんですが、今日は御義母様達を連れて行くには私一人では少々手に余るので手伝いを頼んだんです」

「おお、俺も修行場で修行出来るのか」

「はぁ、あなた、後で、ね」

「……はい」

引きつった笑みを浮かべながらそんな事を言ってみたが、百合子の一言に大樹轟沈。

「それで、どんな具合?」

「えっと、どうやって霊能力も無しにやったのか問い質してみたいくらいにボロボロです」

力尽き蹲る大樹を横目にそんな質問をしてみるが、聞くまでも無いだろう。

ヒーリングは横島も悠仁も使えるので、ちょっとした怪我をした時なんかに見ているからその効果はもちろん、小竜姫がそれを使えると言う事は大樹も百合子も知っている。

ヒーリングしている事がわかっているから、物凄い怪我をさせたと言う事がわかるのだ。

と、言うか、術としての完成度は悠仁の方が高いだろうが、霊力量の差のせいで横島や悠仁とは比べるのも馬鹿らしい効果を誇るヒーリングを使っているのに一向に復活しないのだ。

それがどう言う事を意味するか、霊能に疎い二人でも容易に理解出来るのだろう。

と、言うか、本気で問い質してみるべきだ、ここは。

「怪我はすぐに治るんですけど、どうやったのかチャクラがボロボロになっていて……三日くらい治療を続けないと動くのも難しいですね」

「仕方無いわね、出発は三日後に延期ね」

「行くのか、忠夫の所に」

「本当は今日行く予定だったのよ?」

「……ゴメンナサイ」

謝っては居るが、大樹の表情は少し、ほんの少しだが嬉しそうに輝く。

子供のがんばっている姿を見るのが嫌な親はそうは居ないだろうから、当然か。

しかも、相手は普通の子供ではなく、親が親なら児童虐待とか騒いで自主的にしている事なのに唐巣神父を糾弾しかねないほどの荒行を繰り返しているのだから。

止めても止まらないと理解しているから、せめて見守りたいと言う事だろう。

「あら、あなたも行くの?」

「例の件の下準備も兼ねて、そろそろ隙を見せてやらないといけないからな」

「でも早過ぎるんじゃないかしら?」

「偶然を装って大きな事を成すよりも、小さな事を重ねた方が都合が良いだろう」

「……それもそうね」

「クロサキくんには迷惑をかけるが、俺達が優先させるべきはアイツで、アイツもアイツなりに考えて動くだろうからな」

「後手に回る訳にはいかないわよね」

二人の会話の意味がわからず、きょとんとした顔で鬼門達の治療を続ける小竜姫を置き去りに、凄まじく剣呑な笑みを交わす。

その会話の意味がわからずとも、見た者には嫌な予感を感じさせるであろう笑みを。

実際、この会話の結果どうなるのかを知ったら、仏法の守護者を名乗る小竜姫なら絶対に止めたであろう事は確実だ。

「じゃ、私は美智恵さん達に連絡してくるわ」

「なんだ、皆で行く予定だったのか?」

「そうよ、だから怒ってるんじゃない」

「後で謝罪の連絡、俺からもしておくか」

「そうした方が無難ね、相手はあの人達だもの」

横島夫妻にとっても、美智恵と冥華の二人を相手にするのはキツイらしい。

苦笑で済ませている辺りに二人の非常識さが見え隠れしているが。

「それじゃあ、小竜姫さん、その二人の治療が終るまでうちに泊まってね」

「へ?」

「だって、小竜姫さん“が”治療して三日、なんでしょう?」

「え、あの、そう、ですけど、でも、私、忠夫さん達のごはんをつく、じゃなくて、修行があるんですけど」

「大丈夫よ。
 忠夫には一応料理も教えてあるし、修行の方も今は新しい事を教えているんじゃなくて復習をしている状態。
 ついでに言えば小竜姫さんのお師匠様まで居るんでしょう?」

「で、でも、私には管理人と言う仕事がありますし、それに……」

「移動手段さえあれば、あの子毎日でも通うかもしれないわよ?」

「わかりました。
 二人を治療して妙神山に向かって斉天大聖老師を説得しますから、手伝ってください」

小竜姫、横島百合子の口車に乗せられる。

この場合は恋は盲目と言う言葉が言い訳になるかもしれないが、冷静になった時にきっと慌てふためき、悩む事だろう。

例え妙神山が人の出入りが認められている修行場だとしても、神が管理する場に人が自由に出入り出来る道を作ろうと言うのだ。

ハヌマンに許可を求めようと言う行動だけでも精神的にダメージを追う事になるだろう。

最高指導者二人のお墨付きがあったりするのだが、そんな事を想像も出来ない小竜姫には関係の無い事だ。

「じゃあ、そう言う事でお願いね」

「はい!!」

……そもそも、この状態が何時か終わりを告げて、元の真面目な管理人に戻る事はあるのだろうか?




生真面目な女房になる可能性の方がはるかに濃厚なのだが。

とにかく、こうして小竜姫の横島家三日間宿泊が決定した。







「さて、小竜姫さん」

「はい、何ですか?」

夕食が終り、入浴も終え、軽い夜の鍛錬も終え、さぁ眠ろうとしたところで悠仁が小竜姫に声をかける。

「契約をしましょう」

「はい?」

そして、その悠仁の口から出てきた唐突な言葉に小竜姫は固まる。

神・魔に関わらず、普通契約しようなんて言われたら誰だって戸惑う。

そもそも、神・魔との契約だ。

代表的なモノとして魔装術が存在しているが、アレは別に神族相手に契約しても堕天する可能性を秘めている。

力の源泉が神であろうと魔であろうと、使うのは人間。

陰に堕ち易い、誘惑に耐える事が難しい人間だ。

それが唐巣神父のように一時的な請願に対して与えられる力ならばともかく、双方合意の上に送られる強大な力。

どれほど堕ち易いか等と言うのは、想像するまでもない。

神・魔の契約はそこに力が伴うのが常だから、戸惑わない訳が無いし、契約を求めているのが九歳の女の子。

そして契約を求められているのがどれだけ恋愛関係で色ボケと言われても仕方が無い状態になっていようとも、清廉潔白と言う言葉を体現したような小竜姫だ。

当惑するもの当然の事だろう。

「ああ、別に主従契約とか、召還契約とか、魔装術――この場合は神装術とでも言うべきですけど――の契約ではなく、ちょっとした淑女協定を結びませんか、と言うお誘いです」

「淑女協定、ですか」

「はい、貴女の想い人に関わる事ですので、拒否したらある事無い事おにぃさまに伝えます」

「なっ、え、あ、ええっ!?」

隠している“つもり”の事を指摘され、さらにそんな脅迫をされているからか、混乱の局地と言う表情で固まる小竜姫を気にする事無くその手を取り、部屋に入っていく。

自分の寝室に、ではなく何故か横島の部屋へと。

「え、あれ、あの、ここ、忠夫さんの部屋ですよね?」

「おにぃさまは何時、何処で、どんな行動をするか読めない人ですから。
 灯台下暗しと言うでしょう、おにぃさまに知られないように書面を残すにはここが一番なんです」

説明しながら横島の部屋の中に入り、内心『ちょっと、アレの匂いがしますね』等と思いつつ、一人は顔を赤らめ、もう一人は慣れた顔で――その実、よく見ればその顔もうっすらと赤くなっていたりするが――奥に進んで行き、本棚の一角から一冊の本を抜き取りそのカバーを外す。

ちなみに、本のタイトルは『術の研究書』。

そのままなのが、実に横島らしい。

「これだと、何時外してしまうかわからないのでは?」

「おにぃさまは私達の事を大切に思ってくださっていますから。
 私達からのプレゼントを疎かにしたりはしません、絶対に」

そう断言しながら手渡したのは外したブックカバー。

そこに記された文面に目を通し、フリーズする小竜姫。

数瞬後、再起動してまず驚いた顔で悠仁の顔を見つめ、再び最初から文面に目を通し始める。

その顔が引きつっているように見えるのは気のせいではないだろう。

「あの、これ、は?」

「ですから、淑女協定の全文と、連名です」

「……これに私も参加しろ、と言う事ですか?」

「強制ではありませんよ?
 ありませんが、おにぃさまの周りに居る女性陣の八割が敵に回ると考えてください」

「でも、こんな……」

「おにぃさまは自分に近しい人間が争う事を好みません。
 好みませんが、私達はおにぃさまのそう言う感情も利用しますよ?」

本気で、この娘も横島の事が好きなのか疑わしいと言う表情で見ながら、悩みだす。

なんとなく、仏法の守護者を自任している自分は決して持ってはいけない、嫉妬と言う感情が、自分以外の誰かが横島の隣に立っている場面を想像すると何処からとも無く湧いて来る事を理解出来るから、その悩みもすぐに晴れたのだが。

確かに横島忠夫は大事だし、彼が幸せになるのが一番だとも思う。

思うが、それと同じかそれ以上に彼の隣に立って“自分”が幸せになりたがっていると理解出来るから。

それは彼“が”幸せになれば良い、と言う事ではなく彼“と”幸せになりたいと言う自分の願望だと理解出来るから。

その為になら確かに横島を利用しようと言う思考も理解出来るから、小竜姫は言葉も無く沈黙する。

自分は違う。

自分は横島を一番に、横島の事だけを考えて行動する。

……等と言う戯言は絶対に言えないから。

もし、横島にこの思考を語って聞かせたら、自分の為にそこまで悩んでくれるのかと泣いて喜びそうだが、そんな事は想像もつかない小竜姫は悩むしかない。

「さぁ、ここに署名してしまいましょう、そうすれば悩まなくて済みます。
 私もおにぃさまを苦しめずに済み、貴女も苦しまずに済む。
 ほら、悪い事など一つもないでしょう?」

「で、でも、こんな、ハーレムだなんて……」

「確かに仏教では許されていないかもしれません。
 でも、貴女は仏法に従う者であると同時に竜族の神でしょう?
 情さえ通えば人・魔・妖・畜生、一切問わない竜族ならば問題はありません、ええ、何も」

「そう、なんでしょう、か?」

本気で悩み、沈みかけていた所に救いでも何でもないのにそれらしく聞こえるように手を差し出す。

不幸のどん底に居る人に対して手を差し伸べるフリをして小銭を奪う新興宗教のような行動だが、効果がある以上は使って正解なのだろう。

実際、潤んだ、縋る様な目で悠仁の顔を見上げ、小竜姫も迷っている。

神なのにこれはどうかと言うべきか、恋する乙女なのだから仕方ないと言うべきなのか、ヒャクメ辺りが今の小竜姫を見たらどう思うか。

……親友の初恋を色々な意味で喜ぶだけ、と言う可能性が一番高いが。

「当然ですよ、ほら、ここに乙姫とあるでしょう?
 彼女も竜神。
 同じ竜神が何の問題も無いんですから、貴女だけ問題になる訳もないでしょう?」

「あ、確か、に」

乙姫の場合は仏教関係の神ではなく、どちらかと言うと仙道とかの神だから関係なかったりする。

しかし、“同じ”竜神と言う言葉は救いの蜘蛛の糸と感じられたんだろう。

沈んでいた顔が少しずつ明るくなっていく。

まぁ、そもそも嫉妬だのハーレムだの、その程度の事で堕天していたら神・魔のバランスなんてとっくの昔に崩壊していてもおかしくないのだから、小竜姫が心配し過ぎているだけだったりするのだ。

最高指導者を始めとした各宗教の主神クラスがこのハーレム化計画に加担している以上、神族間には神族間のパワーバランスと言うモノが存在しているから即座に出来る事ではないが、“仏教の神”の小竜姫が嫉妬しようがハーレムを作ろうが問題無い“ヒンドゥー教の神”の小竜姫になる事だって不可能ではないのだから悠仁も気楽に勧誘をしている。

「これに署名してしまえば、契約してしまえば、おにぃさまに捨てられる事は無くなるんですよ、ね?」

「で、でも、忠夫さんが誰か一人を選んだら……」

「ふふ、そんな事、許しませんよ、絶対に」

そう答えながら、子供が見たら泣き叫び、瘴気が何処からか流れ出てきそうな笑みを浮かべる。

そして、小竜姫はそれを見て怖いとか思う事はなく、ちょっと共感していた。

「そう、ですよね。
 わかりました、私も契約します!!」

ちなみにその内容を要約すれば、以下のようになる。

『横島忠夫に対する直接的攻撃は原則禁止、巻き込むのは許可。
 ただし、女の子押し倒したり泣かせたり暴走しそうになったら多少の実力行使は容認。
 と、言うか関西人がツッコミを求めてボケてるんだから答えてあげなきゃダメ。
 際限なく女の人を落として行きそうな気がする――悠仁は事実を知っているが、それを明記する訳にはいかないので適当に濁してある――から、その点はもう諦めて自分を磨く事に精進する事。
 朝駆け夜討ちデートのお誘いは原則禁止、する場合は別途規約に従って順番と横島の状態を確かめて。
 横島忠夫が誰か一人を選びそうになったら覚悟しましょう、皆で一緒にお嫁さん♪』

等と書かれて居たりする。

横島に対して直接攻撃禁止と書いてあるのに余波で巻き込まれたりするのは問題ないと書いていたり、個人個人の判断でボケだと認識したらツッコミを入れても良い等と都合良い事が書いてあったりするのだが、ボケに対してツッコミを待っているのは確かなので間違えた事は書いていない。

ただ、多少曲解すれば並行世界で行われた美神令子の嫉妬交じりの攻撃も八割がた認められているのと同義だったりする。

まぁ、『裸の美女で埋め尽くされたプールに飛び込むまで死ねん』とか絶叫したりしている横島なのだ。

美女美少女に囲まれた生活が待っている以上は、見たら喜ぶべき事だろう。

ただ、結婚は人生の墓場と言うが横島のそれは普通の墓場ではなく、ピラミッドサイズの巨大なモノになると考えたらどう判断するかは別の事だが。

とにかく、こうして仏法の守護者たる竜神は、恐怖公アシュタロスの魔の手に落ちた。

……横島忠夫の毒牙にかかって苦しんでいる所を救われたと言えなくもないのかもしれないが。




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あとがき


さて、小竜姫の三日間と言う副題をつけても良い様な話です

横島が高校生だったら同級生――名前の無い眼鏡の友達っぽい連中とか――が横島の家を出入りしている小竜姫を見て嫉妬したとか変な噂が流れるとかも可能なんですが、自宅暮らしの中学生ですからね

そう言うネタが使えません

使えても横島の父親が女連れ込んだとか、奥さん居るのに平気で愛人の若い女連れ込んだとか、そっち関係のシャレにもならん噂話が流布する事になりそうで

元々乙姫が出入りする家だから、大樹関係じゃなくて横島関係だと理解してくれる可能性もありますけどね

そこら辺のイベントが使えたら小竜姫の一週間とか言ってネタに出来るんですが……まぁ、そうしたらシャレにならないぐらいに長くなっちゃいますから三日にしてみたんですがね

不味い仙丹ですが、仙人にならなくても、身体を強くするには毒素が抜けて行くだろうからと言う訳で不味さが際立って行くと言う設定に

いえ、ただ横島が小竜姫が帰ってきたのを見て、感激のあまり周りの連中に気付けない状況を作るにはそうした方が良さそうだと思った結果なんですけどね

とりあえず新たに生まれた問題点は、横島夫妻が凄過ぎるのはどうでしょう、と言う事と百合子がハーレム認めるだろうか、と言う所です

文中の言葉はその時口にした言葉であって、横島百合子が本当に何を考えていたかどうかは誰もわからないんです

と、言う事で百合子の心情を文中で描くか、外伝でも書きますので、今回の所はこの違和感は気にしないでおいてください




以下は、NTにていただいた感想に対するレスです

ハーピーを始めとした、未参加の女性陣については、参加時期前後に改めて考えます、違和感無いよう注意しつつ

下界、春休みなんですよね、今

しかも小竜姫様が地上に行っていると言う事は、鬼門を呼び出せるんですよ

大勢を一度に移動させる事が出来る鬼門を

……修羅場がデリバリーされてきた、と言う事で

西条って妙神山で修行した美神よりも実力は上でしたからね、登場当初は

電柱切断したり躊躇い無く人を撃ち殺そうとしたりと過激な人で、その上横島とは前世からの腐れ縁の持ち主で、数少ないと言うか一人しかいない横島が目標とし易い年齢の年上男性

何よりも、娘の方が多少……物凄い物欲塗れのお金大好き人間でも、美神家の人間の部下と言う共通点のある二人ですから

それにこの世界だと普通ライバルを担当する雪之丞は現在六歳、七歳も年下の子供をライバル扱いは難しいかなぁ、と

西条にしても、原作では美神令子を巡った恋のライバルと言う関係と、前世からの腐れ縁のおかげで十二も年が離れた状態でライバルみたいな扱いが出来ましたからね

と、言う訳で、この世界で雪之丞をライバルの位置に持ってくるとアレです

実力差のある子供をイジメるカッコ悪い人になってしまいます

まぁ、雪之丞もメドーサ相手に真剣勝負を求めたりはしてなかったでしょうから、確実に格上になれば立場も変わってくるでしょうけど

問題は、この横島忠夫は強くても原作に近づけたい、って気持ちが私の中にある事ですかね

戦闘中に故意に情けない部分を曝け出して見せたりする人を自分より格上だと認めるのは難しいですから

……原作では、勘違いから全てが始まっていたから、どうなるか微妙なんですよね、この二人の関係って

鬼道に関しては、人類超えるレベルに到達してアシュタロス戦で横島の出番食っちゃいそうで

とは言え、横島忠夫って言うのは前世が陰陽師で文珠を使い、世界最高峰のGSである美神令子と同等の霊力を持ち、異常な回復力を持つって言う以外は何も無い人なんですよね、本当は

いや、並べたら凄まじいですけどね、実際

文珠抜きにしたら西条は同レベルか少し下に、鬼道も同じくらい、雪之丞が最終的には攻撃力で同レベルか横島よりも上で他は劣るみたいな感じにしようかと

アシュタロス戦までの修行期間を考えれば鬼道が一番、横島、西条と言う順になって、女性陣は悠仁を除いて少なく、雪之丞は一番年下だから一番少なく、唐巣神父とかは霊的成長期を過ぎているので除外するとしても一番成長しそうなのが鬼道なんですよね

……大怪我でも負わせて戦闘能力無理矢理削減するか?(マテ

まぁ、とにかく、鬼道政樹は幸せになります

鬼道家が幸せになるかどうかは別ですけどね

心理戦、褒めていただけて幸いです、勢いで書いたので自信が無かったので

西条の剣に関する突っ込み、ありがとうございました

でわ、また次回

……もうしばらく、妙神山ですかねぇ




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