第十三話



小、中学校では新しいメンバーが修羅場に加わる事もなく、横島は順調に修行を続けながら日々を過ごしていた。

ぷっつんに巻き込まれる事も、身体が成長し始めて霊能だけではなく肉体を用いた戦闘も出来るようになった令子や悠仁、そして人化が完璧になったナミコが可能な限り地上に居て本格的な戦闘が繰り広げられる様になったりもしつつあるが、概ね平和だ。

十歳から十三歳までの三年間で少なくとも三ヶ月は入院生活を送ったりしているが、とにかく平和なのだ。

横島忠夫は、自分にそう言い聞かせて過ごしている。

改めて本人に平穏無事に過ごしているかと聞かれたら即座に『んな訳あるかッ!!』と絶叫するだろうが。

「……さて、素朴な疑問、良いかな?」

「ん、何だ、西条?」

「僕は何でこんな所に居るのかな?」

「鬼道も、唐巣先生も居るぞ?」

「そう言う事じゃなく、何だこの険しい山は!!」

そう、今日は珍しく男四人だけで、凄まじく険しい山を見上げる場所に居た。

「妙神山修行場、神族との数少ない接点って言うヤツだな。
 前の記憶思い出したんだし、どう言う場所かぐらいはわかるだろ」

「って、まさか、僕達が修行を受けるのか!?」

「先生は付き添いで、鬼道は見学だけどな」

「は〜、そろそろ僕も陰陽術の方は独学で進めるにも限界を感じつつあったから構わないけど、一応確認ぐらいは取ってくれても良かったんじゃないかい?」

「ふん、どうせデートかなんかだったんろ?」

「断りの連絡ぐらい入れさせてくれても良かったじゃないか」

「暗にモテる事を強調しやがって」

西条の言葉に横島はこめかみに青筋を浮かべてブツブツと文句を言い出す。

だが、西条としてはそれが納得いかないのか顔が引きつっている。

「あのね、あれだけの美しい女性陣に惚れられているキミがそう言う事を言うのかい?」

「別にええやん、普通の人間が一人も居ないんやぞ?」

聞かれたら酷い目にあいそうな事を口走っているのをまったく自覚せずに言う辺り、地雷原の突破技術はまったく磨かれていないらしい。

平行世界での時間も合わせて三十年近く経って居るのに煩悩が高まったら思考を言葉にする癖が抜けていないのだ、魂レベルで刻まれた癖なのかもしれない。

「プラスマイナスで言ったらプラスに傾くと思うけどね」

「否定はせんけどな」

地雷を踏みながらも、あっさりとこうやってフォローを入れるからこそ女性陣のフラストレーションが溜まるのだが、やはり自覚は無いのだろう。

厄介な事この上ない。

ともかく、そんな会話を続けつつも、二人は険し過ぎる山道を平然と登っている。

鬼道は体力がまだ足りず、唐巣神父は苦笑を浮かべるだけで会話には加わっていないのだが。

「それにしても、いきなりだね」

「結構前から考えてたんだけどな」

言いながら、横島はチラッと自分の手元に目を向ける。

平行世界での記憶を取り戻してから霊力を磨き続けたのに、未だに一つとして生み出せないのだ。

万能の霊具、三界でも稀有な力、文珠。

それが、生み出せないのだ。

全盛期で三日に一つ、今は全盛期ほどの霊力は無いし限界近くまで霊力を使いきってはいるが、それでも一部は文珠精製の為の残しているのに出来ない。

霊力に目覚めてから、思い出してから約三年。

少なくとも十数個は出来ていてもおかしくはないのに、だ。

「しかし、まだ妙神山に行かなくても育つ余地はあるじゃないか、僕達は」

「そりゃそうだけど、陰陽術の方は行き詰まりつつあるだろ?
 別に、俺一人パワーアップして良いってんなら今から帰っても良いだけどな」

「フン、そんな事を言われて行かない訳がないじゃないか、まったく」

睨み合いながら嘘を吐く。

それも真実ではあるから、疑われてはいないようだが。

確かに未だ強くなる余地はある。

それに、現段階でも純粋な戦闘能力で言えば以前よ強くなっているのだ。

以前とは違い純粋な戦闘能力も向上しているし、文珠が無くとも陰陽術を思い出したから応用も利く。

はっきり言って、文珠の存在を除けば間違いなく過去とは比べ物にならないほど強くなっている。

だが、それでも足りない。

文珠が無ければ、アシュタロスの相手にはならない。

故に、本来はもっと早く来るつもりでいたのだが、身体が出来ていない事などを理由に今まで来ていなかったのだ。

それが今妙神山を上っている理由は、令子が八歳になったから。

西条がイギリスに旅立つのが二年後、美智恵が死んだフリを始めるのが四年後に迫っている。

時間が、無い。

西条は留学に向かえば向こうに居る間に霊的成長期のピークを迎えてしまうだろうから、今ここで最低限のレベルアップをしなければいけない。

他の人間よりも魂に柔軟性があると言われた美神令子ですら、二十歳の当時に霊的成長期のピークを迎えていたのだ。

こちらでも同じかどうかはわからないが、平行世界の西条にはそこまでの柔軟性は無かった。

そして何よりも、文珠の力が無いのは困る。

だから、横島は唐巣神父に必死の交渉を行い、美智恵・冥華・百合子の三人を必死で説得し、西条と鬼道を拉致してきた。

ちなみに、母親三人に対しての説得の時に交わした“契約”により、それぞれの命令を一つ実行すると言う色々と危うくなりそうな確約をしている。

冥華が用意したらしい契約神の契約書にまで署名させられて。

……そんなモノが無くても、横島が百合子達に逆らえる訳もなかったりするのだが。

「それにしても、それだけ元気に会話を続けられるキミ達には驚かせられるよ」

「ん〜、まぁ、アレっスよ、慣れ?」

「ここに来るのは初めてだろう、僕達は」

「いや、そう言うんじゃなくて山登りって行為自体に慣れてるって意味だよ」

「確かにそう言う意味なら確かに慣れてはいるか」

二人はそんな会話を交わしながら、山道を進む。

疲労の局地に達し、そろそろ倒れそうな鬼道を見て、何時休憩をしようと提案するかタイミングを計っている唐巣神父達をまったく気にせずに。

ちなみに、唐巣神父が休憩を申し出た時、鬼道はすでにランナーズハイに近い状態に陥っていた。







(……ここの気の抜ける風情は変わらんか)

横島が内心呟いている視線の先には、『この門をくぐる者 汝一切の望みを捨てよ 管理人』と言う看板が平行世界の記憶と変わらずかけられている。

何と言うか、激しくやる気を削いでくれる一文である。

まぁ、鬼道はそんなやる気を削がれたりするだけの余裕もないし、ここの実情を知る唐巣神父は苦笑を浮かべるだけだが。

西条も、困ったような顔で笑いながらも鬼門に対して注意を向けている。

陰陽師としての記憶をある程度取り戻した結果、毎日のように魑魅魍魎と戦い続ける事によって身につけた勘も取り戻しているらしい。

「……先生、油断してるみたいだし、力一杯殴って抜けるってのは有りっスか?」

「却下だよ」

「そっスか」

こんな卑怯な会話が小声で交わされていたりもするが、鬼門達が気付いてないのだから問題はない。

横島に言わせれば、『勝ち方に拘れるのは強い奴、俺は弱いから卑怯な手でも何でも使うに決まってんだろ』と断言するだろうが。

西条も正義・正道が好きではあるが、『勝てば官軍負ければ賊軍』と言う言葉を理解しているので横島の言葉を否定する事はない。

唐巣神父も同じ考えの持ち主ではあるのに止めたのは、ここの管理人が正道に拘っている神だと理解しているから、と言う理由だったりする。

だからと言って、西条と横島がさりげなく罠を仕掛けているのを見て見ぬフリをしている辺り一流のGSと呼ばれるだけはある。

「お久しぶりです、小竜姫様に取りついでもらえませんか?」

『む、お主、確か唐巣とか言ったか』

『小竜姫様に何様だ?』

「いえ、今回は私は付き添いで、この二人が修行を受けに来たんです」

『この小童どもが、か?』

『確かに誰でも試しを受ける事が出来るのは確かだが、このような小童どもが……』

鬼門達は顔を顰めるが、他の面々は気楽な表情だ。

はっきり言って、鬼門の試しに失敗しただけでは死ぬ心配はないのだから。

この試しで死ぬような腕しかなかったら、少なくともこの試しを経験している唐巣神父がそれを止めない訳が無い。

唐巣神父が止めない以上は二人にそれだけの実力がある、そう言う事だ。

「ま、ダメだったらダメだったで帰るだけだし、さっさと始めんと日がくれる」

「そうだね、僕としても早く修行を終えて、デートをキャンセルした理由を皆に伝えなければいけないんだから」

横島と西条、不敵な笑みを浮かべ鬼門達を軽く挑発する。

理由は簡単。

戦いは純粋な武力を用いるだけでなく、情報や感情も操ってこその戦いだと理解しているから。

感情の高ぶりは一時的な霊力の出力量を増大させる事も可能だが、それ以外の行動が狂い易い。

感情に踊らされるのではなく、感情で人を惑わす。

情報を与えず、誤った認識の情報を与え、その認識を助長させ、惑わす。

相手の正確な情報を得、己の得意分野に持ち込む。

これも戦いの一端、鬼門達はまだ躊躇いがあるようだが二人はすでに戦いを始めているつもりで居る。

『『……ならば、我等この門を護る鬼門の名において、御主等を試してやろう!!』』

叫ぶと同時に霊圧が跳ね上がり、門から離れた鬼門の身体が動き出す。

右の鬼門が西条を、左の鬼門が横島を狙い動き出す。

だが、二人は鬼門達に対してまともに相手をする訳もない。

ニヤリと笑みを浮かべ、視線を交わした二人は言葉を交わさずに山道で事前に打ち合わせた通り動き出した。

鬼門の攻撃をかわしながら事前に配置していたトラップの上を通過し、飛び退るように大げさな動作で回避してそこにあるモノに霊力を流し込んでトラップを完成させていく。

『ぬぅ、ちょこまかと!!』

「ば〜か、腕力でも霊力でも差があるんだからちょろちょろ動いて隙をつき、一撃いれるしかねぇに決まってんだろうが」

「そうそう、僕達はただのひ弱な人間の子供なんだからね」

二人、そんな軽口を叩きながらもゆっくりと、確実に準備を進めて行く。

まぁ、傍目には激しく動いているからゆっくりと、と言うようには見えないし、予定通りに動いているようにも決して見えはしないだろう。

必死で回避している様に見えるよう動いているのだからこそ、性質が悪いのだが。

何の策も無く無造作に、必死に動いているように見せかけつつも五箇所の基点となる場に霊力を篭め、軽口を叩いていたのは実質さっきの一言だけで、それ以降は小声で呪を紡いでいる。

人の耳には届かず、届いても歌を歌っているようにしか聞こえない呪を重ね、術式を組み上げていく。

「さて、こっちの準備は完了した」

「とりあえず、一撃を味わってくれないかな?」

まるで計ったかのように二人揃って性質の悪い笑みを浮かべ、まったく同じタイミングで良く響く拍手を打ち、霊力を放つ。

西条よりも霊力が大きい横島が基点に、横島よりも霊力の扱いに長けた西条が終点に、そして鬼門二人が霊力を汲み上げられる電池として中間に立つ。

魔法陣が、完成する。

『ぬぅっ、こ、これはっ!?』

「まだ名前は決めてねぇけど、これならお前等にも利くだろ?」

「まぁ、防御用の霊力まで強引に汲み上げているんだ、これで無傷だったりしたら僕達が何をしても無駄になってしまうだろうね」

焦った表情で身動きも出来ずに陣と二人を代わる代わる見る鬼門達に対し、二人は変わらず性質の悪い笑みを浮かべたまま軽口を叩き続け、西条はその手に鬼門二人から汲み上げた霊力を纏わせている。

ただ、良く見ていればわかるだろう。

横島は陣を維持する為に大量の霊力を放出し続けているせいで冷や汗を流し続けていると言う事実に。

西条は鬼門二人の霊力を纏めている左手に裂傷が走り、血が滴り落ちていると言う事実に。

この陣が、未完成の証拠だ。

「そこまで!!」
「小竜姫様?」

「貴方は……確か唐巣さん、でしたか」

「お久しぶりです」

そんなやりとりを交わす二人を見ながら西条は限界を迎えつつあり、横島は(ここは前みたいに口説くべきか?)等と本気で悩んでいたりする。

ちなみに、今現在この場に悠仁達が居ないから修羅場の恐怖は忘れている。

……開放感に我を忘れていると言えなくもないが、そうではないだろう、おそらく。







「いやぁ、まさか修行に来て早々修行場を破壊しかけるとは思ってなかったな」

「まったくだね、アレはターゲットを攻撃してはいけない場合の処理を考えておかないと事後処理が面倒だ」

西条輝彦、割と染まりつつある模様。

まぁ、師が師だけに元々その素養はあったのだろうが、染まり具合が進展しているのは間違いない。

「……気楽だねぇ、キミ達は」

「いや、あの生活送ってたら気楽にならなきゃ心労で倒れるっスよ?」

「そうですね、唐巣神父、僕も気楽に生きる事をお勧めします」

「そうやで、唐巣神父にはまだまだ教えて欲しい事が山ほどあるんやし、心安らげる空間が無くなるのは簡便してほしいんや」

引きつった笑みを浮かべる唐巣神父に対する三人の反応は、酷く真摯で真剣だ。

それだけ、周囲の状態がシャレになっていないだけなのかもしれないが。

「……どんな生活を送っているんですか、貴方達は?」

「どんなって、なぁ?」

「まぁ、極楽と地獄を同時進行?」

「僕としては地獄の方が比率としては大きいような気がするんやけど」

「ああ、それも否定出来んな」

小竜姫の疑問が解決されるどころか謎が更に深まったりしたが、結論を言ってしまえば簡単だ。

「ま、見ればわかるんじゃないっスか?」

そう言う事だ。

と、言うか、口で説明してわかるような情況ではない。

「え〜と、まぁ、良くわかりませんけど、とにかく修行を受けるのはそこの……」

「ああ、俺は横島忠夫で、こっちが西条輝彦っス」

「その横島さんと西条さんのお二人で良いんですね?」

「そうっス」

真面目な顔で頷いてはいるが、微妙に気合が入っているのが見て取れる。

色々と、タイミングを見計らっているのだろう、きっと。

「そうですか、そちらは?」

「あ、鬼道、鬼道政樹言います」

「じゃあ、鬼道さんはどうなさるんですか?」

「僕は今日の所は見学させてもらいます」

「そうなんですか?」

「あ〜、鬼道はまだ身体が出来てないっスからね、無理して身体壊すのもバカですからね」

それなりに修行を積んでいると言う事がわかるからか、キョトンとした顔で小竜姫が小首を傾げて問う。

横島の答えに納得出来たような表情ではあるが、そう答えた横島を見て改めて首を傾げる。

何故なら、横島と鬼道はそう年が離れているようには見えないのだ。

時折幼児退行をするとしても、中身は二十六歳。

その結果として、横島には自分が十三歳だと言う自覚は無い。

だからと言って色々とストレスが溜まった時に煙草を買おうとしたり、酒を買おうとしたりするのは問題だが。

「……横島君、その言葉はキミ自身に僕が送っておこう」

「自覚はしてるから、イらねぇ」

ただし、自覚しているのは無理をし過ぎている、と言う事実を自覚しているのであって、自分が十三歳だと言う事を常に自覚しているかと言うと首を傾げざるを得なかったりする。

成長途上の肉体が持つ強度とかに対しての認識はかなり軽い。

と、言うか、ほとんど憂慮されていない。

もし、悠仁や唐巣神父が居なければ、横島はとっくの昔に病院に放り込まれていた事だろう。

具体的には、後遺症が残りそうな深刻さの怪我をした上で。

「ほぉ、女の子泣かせの癖に、そんな言葉をほざくのかい?」

「ああん、泣かせてんのはテメェだろうが」

ピシリと、二人の間に殺気が走る。

互いの目に剣呑なモノが宿り、互いに戦闘準備に入っていく。

横島は両手に霊力を集中し始め、西条は右手で神通棍を持ち左手を懐に忍ばせて。

「ふん、やるかね?」

「力尽きかけてるから見逃してやろうかと思ってたんだけどなぁ」

「それは僕の台詞だよ」

西条が左手を納めた胸元から、パチリと言う何かが外れる音が静かに響く。

「「さぁ、始めようか?」」

横島忠夫、西条輝彦、前世の記憶が戻ってから喧嘩っ早さが倍増。

戻ってから三年近く経過しているのに未だに収まる所か酷くなっている有様だ。

理由は簡単、メフィストとの、令子との繋がりを見せつけられてしまったのだから仕方がない。

自分は兄、横島は男。

今までは幼稚園児が相手だから気にはならなかったが、メフィストの事を思い出してからはそう見られている現実が余計に西条を苛立たせ、戦闘意欲を駆り立てるのだ。

……実際は、今生でも男として隣に立つのは無理っぽいから、兄として妹の幸せに貢献せねばとか内心決意していたりするのは、秘密の事実。

こうやって決着つけようとしているのは、どちらかと言うと互いに成長する為の訓練の一環と思っているフシがある。

暴走して、TPOを無視してしまうのは西条自身も困っているのだが。

「そろそろ止めないと、私も怒るよ?」

「「は、はいッ!!」」

唐巣和宏、三年の間に黒化をマスター。

いっそ神々しいと感じるほどの霊圧と言葉に、二人は即座に従う。

神々しいと言っても、何処と無く邪神風だが。

本人が意識していれば髪の毛の心配も薄れるのだが、唐巣神父がその間の出来事を覚えていては懺悔を繰り返し別の意味で頭髪が危機に瀕する事となるのだから仕方がない。

自己防衛反応の果ての結果なのだが、これでもまだ唐巣神父の居る教会が男連中の憩いの場になっているのだ。

他がどんな調子かは推して知るべし、と言うしかないだろう。

「えっと、あの、とりあえず、修行を受ける方も見学の方もここで俗界の衣服をここで着替えてくださいね」

「……相変わらず、か」

「昔懐かしい銭湯そのまんまっスね」

「独特なセンスだね、これは」

「え〜、これはこれで趣があってええと思うけど」

鬼道、どうやら三年間も六道家で生活し、唐巣神父の教会に毎日のように通うと言う生活の果てに特殊な感性を会得した模様。

感性が壊れたとも言えるが。

「いや、まぁ、鬼道の感性はそれで良いとして……とりあえず、帯、解きましょうか?」

横島忠夫、お約束の為に自ら棺桶に足を突っ込む男。

「私に無礼を働くと……仏罰が下りますよ!!」

「ふッ!!」

言葉と同時に振るわれる太刀をかわし、帯の結び目に手をかけ、ニヤリと笑う。

「ふははははッ、漢横島忠夫一時の至福の時の為ならば仏罰など恐れはせん!!」

「……キミ、前世でそれが原因で死罪が決まっただろう」

「それとこれとは別じゃ、だいたいよく覚えとらんが死因は別だったろうが」

「いや、キミの死因は女性関係だよ、どちらにしろ、ね」

(ま、確かにメフィストとの契約云々なんて話になったのが止めだったんだけどな、確かに。
 って、マテ、アレって俺達が過去に戻らなきゃ死ななかったんじゃねぇのか、もしかして?)

自分の死因の一端を自分が握っていると言う事実に気付いたり、会話しつつも小竜姫の帯を解く手は止まらない。

横島忠夫、棺桶に入りながら爆走する手段を身に着けたようだ。

死期が早まるだけで、何も良い事など無さそうな気もするが。

小竜姫は太刀が当たらない事に慌て超加速を使って斬ろうかとも考えるが、今やったら帯を握られているので自分の手で服を脱ぐ事になると気付き、涙目になってぺしぺしと力無く横島の頭を叩き始めている。

別に、身体に触れられているなら関節技でも何でも使って脱出は可能だが、本気でなくとも自分の一撃がかわされ、しかも絶対の自信を持つ超加速さえも封じられていると言う状況のせいで混乱し、その事実に気付いていないらしい。

そもそも純粋な腕力にしても桁が違うのだから本来なら横島はつぶれているはずなのだが、そこは何かが勝手に能力に制限をかけているんだろう。

具体的にはほぼ百%封印されているはずの、想いとか想いとかが。

まぁ、実際のところ、戦闘能力その他諸々の関係でそう簡単に封印が解けても困るからとそれなりに厳重な封印が最高指導者達の手によって施されているのだから、そちらは関係が無いだろう。

だからこの場合は想い云々の話ではなく、どれだけ長く生きた武神であろうとも精神的にはそこらの女の子と同じ、と言う事だろう。

最初の神剣での一撃は無視するとしても、横島の周囲に居る女の子とは比べるべくもなく普通の女の子っぽい反応だ。

「忠夫君、この現状を悠仁君か乙姫君、それかジーニ君、それとも百合子君に伝えようか?」

「……………ゴメンナサイ、モウニドトシマセンカラソレダケハユルシテクダサイ」

「ちょ、ちょうかそく?」

その土下座までの一連の動きは小竜姫が超加速と誤解するほどの素早さで行われた。

横島にとって、唐巣神父が名を挙げた面々はそれだけ怖いメンバーなのだろう。

「……普段が普段なんやから、ちょっとくらいハメ外したってええやないか」

「女性を涙目になるまで攻めるのはやり過ぎだよ、もう少しスマートに行かないと」

「や、輝彦にーちゃん、攻めるって考えがまず間違いやないかな?」

「甘いね」

「ああ、まだまだだ」

何時の間にか復活した横島と西条は二人、ニヤリと笑みを浮かべ鬼道を見下ろす。

二人とも、何だかんだ言ってサドっ気は満点らしい。

普段周囲の女性達に圧倒されているのは、きっと無関係ではないだろう。

「なるほど、君達の考えは良くわかった。
 帰ったら百合子君と美智恵君に報告しておくから、安心したまえ」

「そ、そんなッ!?」

「それだけはっ!!」

「さぁ、帰った後の事に怯えながら修行を始めようじゃないか」

「カミサマ助けて〜〜〜〜〜〜!!!!」

『自業自得です』

『それに目の前で涙ぐんでるやん、神様』

『そもそも、貴方の母上の相手は我々も遠慮します』

『せやな』

横島の絶叫に、何処からか最高指導者達の答えが返ってきたが、横島ももう気にしていない。

わりと何時もの事だから。

「ま、それはそれとして、そろそろ行きましょう、小竜姫様」

「あ、え、そ、そうです、ね」

唐突に冷静になり、いきなり小竜姫の手を引いて歩き出す横島。

小竜姫、展開についていけないばかりに妙に素直だ。

「それで、あ〜、なんだ、さっきは本当にゴメンナサイ」

「いえ、ただ、私が未熟だっただけ、ですから」

「そんな事は関係ないっスよ小竜姫様だって女の子なんですから、ああ言う事をされて泣いちゃうのは仕方がない事っス」

謝罪の言葉も、表情も本気。

悪い事――セクハラ――をしたらきっちりと謝る。

悪い事をするのがそもそも問題なのだが、両親と美神令子による調きょ……もとい、教育はそれなりに成果があったらしい。

両親以外にとっては、ライバルが増えるばかりではっきり言って何の問題の解決にもなっていないのだが。

「……キミはそれがわかっていながらやるから問題になるんだろう、何時も」

「……横島さんは何時もこんな事を?」

「普段は静止役が誰かしら居るんですがね、さすがにここまで連れて来る訳にもいきませんでしたから」

男達は滅多に止めないと断言。

唐巣神父も精神安定の為に流す事も覚えているらしい。

頭髪に結構なダメージを受けつつあるが、まだまだ現役と言えるレベルで保っていられるのも横島達からの差し入れや精神強化の果てだろう。

最終的に、平行世界と同等になるかどうかはまだ予測もつかないが。

「わかりました、私の身の安全の為、鬼門にひとっ走り行ってもらいましょう」

「って、あんなんが街中にいきなり行ったらヤバイっスよ、相手は小学生なんスから」

(人間形態でもMIBばりの強面だからなぁ、小学校に行ったりしたら引きつけ起こす奴居るんじゃねぇか?)

等と横島は考えて居たりするが、少し考えればジーニや乙姫の常人では一生経験するはずのない霊圧の篭った一喝をくらったりしているのだから、今更鬼門を見たからと言ってどうこうなる訳もない。

図太くなったとも言えるし、危機的状況における感性が死んでいるとも言えるから、ある意味危ないのかもしれないが。

「じゃ、着替えてきますから、また後で」

「あ、はい」

手を離し、男湯の暖簾がかかった脱衣場に入っていく横島の手を、何故か名残惜しそうに見やる小竜姫。

「え、あ、ち、違います、別に、そんな、あれ?」

そして、自分の行動に顔を真っ赤にして慌てだす。

まぁ、さっき横島が言った通り、女の子、と言う事だろう。

混乱して、泣きかけて、不安になっている所で手を握られる。

他人の体温を感じる。

早い話が、迷子になった子供が大人に手を繋いでもらった事で安心した。

落ち着いたのを確認した所で手を離したら、それが離れた事で不安になる。

女の子がどうこう以前に子供のような反応だが、武神に位置付けられて妙神山に括られ、ハヌマンと二人だけ――時折ヒャクメが遊びに来ていたのだが――で千年近くここに篭って居るのだ、それも仕方がないだろう。

結果抱いた感情は複雑な、それでもとても単純な感情。

それは恋愛感情では無いが、思慕の感情に至る感情ではある。

横島忠夫、意図せずに修羅場の種を蒔いて歩き、真綿で自分の首を絞めている自覚の無い男。







「当修行場にはいろんなコースがありますけど、どう言う修行を受けたいんですか?」

「ん〜、とりあえず、一月くらいかけて全体的に戦闘力を上げたいっスね(ついでに、その間に老師に相談しないと)」

「僕は剣術の修行と陰陽術のレベルアップを、同じく一月くらいでお願いします」

「お二人は陰陽術と剣術を使うんです、よね?」

先の鬼門相手の戦闘では事前に設置しておいた符を用いた以外は霊波刀も神通棍も使っていないのに、二人の戦闘方法を見抜いているのは流石は武人と言う事だろう。

少し言い換えれば、それだけ二人の何気ない動作が剣術を使う者としての理に叶ったモノになりつつある、と言う事でもあるだろうが。

ただ、小竜姫やシロのように、自分の得手に全幅の信頼を寄せて、ただそれを用いて敵を叩きのめす場合なら問題は無いのだが、横島や西条の場合は少々問題だったりする。

美神流とでも言うのか、使える手段全てを使って自分の利を作って相手に全力を出させずに自分が有利な内に叩きのめすと言う手段を取ることが理想である二人にとって、手の内が二つもばれてしまうのは問題なのだ。

今回ばれたのが敵ではない、小竜姫と言う修行の相手をしてくれる相手だから良いモノの、もしこれが敵だったらそれだけこちらの取り得る手段が少なくなる、と言う事なのだから。

それをフェイクの一つとして使うと言う手段も無い訳ではないが、二人内心でそれなり以上に出来る人間には手の内が読まれる可能性があると言う事実を問題点として記憶する。

西条は覚えていない、と言うか時期の問題か顔を合わせた事は無いが、少なくとも横島の知る敵には小竜姫と互角に戦ったメドーサが居るのだからチェック項目としてきっちりと記憶された。

「そうっス」

「……でしたら、お二人とも同じ内容の修行で構いませんね?」

「やっぱそうなりますか」

先の思考など無かったかのようなタイミングで即座に答え、その思考と同時に小竜姫の言葉を予想をしていたのか納得したと言う言葉を漏らすが、二人揃って嫌そうな顔をする。

例えるなら、ある目的の為に親の仇と渋々行動を共にしているような感じだ。

その本質はまったく別の所にあるのが簡単に見てとれるのだし、誰もそんな表面上のモノを本気だとは受け取らないので関係は無いが。

こうやって、日々二人は腹芸と言うか他の表情で本当の表情を隠すと言うちょっと特殊なポーカーフェイスを身に着けつつあるのかもしれない。

周囲の人間には即効でバレて居る訳だが、将来仕事で使う分にはこれで十分だろう。

「って事は、まず何から始めたら良いんスか?」

「今日は疲れて居るでしょうし、まずは座学から始めましょうか」

「ざ、座学っスか」

「そうですけど、何か問題が?」

「えっと、まぁ、アレっス、勉強とか、苦手なんスよ、俺」

これは、嘘ではない。

平行世界ではカオスとマリアと言う最高の教師の下で、無駄に高度な勉強をしていたのだ。

無駄知識から有用な知識まで、脱線したら脱線したで色々な意味で凄い話が聞けたりしたおかげで好きになりかけていたのだが、そこで小学校からのやり直し。

横島が通っている学校の教師が悪いと言う訳ではないのだが、初歩の初歩の初歩とでも言いたくなるようなお勉強のやり直しと言うのをしていると、どうしようもなく勉強が辛くなっても仕方が無いだろう。

「……陰陽術、使えるんですよね?」

「前世の記憶があるんで、一流を名乗れるぐらいには」

「…………それなら、苦手と言う事は無いんじゃないんですか?」

「横島君の前世の高島は異端と呼ばれてもおかしくないほどの変わり種でしたから、普通の学び方はしていないんですよ」

西条の言葉に小竜姫は意味がわからないと言う顔をしているが、これがもう一つの要因。

高島が、苦手だったのだ。

横島忠夫として勉強が苦手になりつつあるところに、高島と言う生粋の座学嫌いの記憶を蘇らせてしまったのが致命的だった。

それこそ、再びカオスやヒャクメと言った教える事に長けた者に教わらぬ限りはそれが治る事は無いだろう。

もしかしたら、数多の霊能力者の修行を見てきた小竜姫でも治せるかもしれないが、それは可能性の話なので横島はここで言う気はない。

「普通の学び方をしていない、と言うと?」

「職人の世界では技術は学ぶモノではなく盗むモノ、と言う言葉があるのは知って居ますか?」

「それは、まぁ、って、まさか!?」

「……下男として高島と言う陰陽師の家で奉公している間に適当に学んだから、細かい知識なんかは知らないんスよ」

実際、鬼門に使った方陣にしても、横島が方陣の形や呪の内容を理解するのに時間がかかったばかりに未だに未完成なのだ。

だからと言って、高島……横島が、無能と言う訳でもない。

常人ならば怯え敬遠するであろう未知の知識を恐れる事無く受け入れ、認識し、あまつさえその要点を見抜き、己の業として取り入れ、一流と呼ばれるだけの実力を手に入れて見せた。

そんな人間が西条……いや、西郷と言う基本に則り、それを完璧に自分の物とした上で発展させた人間を側に見ていたのだ、その成長速度がいかほどのモノかは容易に想像出来るだろう。

真実、三年に及ぶ西条との訓練と言うか、口喧嘩から発展した殺し合いと言うか、とにかくそう言う日々の結果、戦闘に関しては一流と評するに十二分な実力を横島は手に入れている。

西郷から教わる、と言う事実に高島が抵抗を覚えていたおかげでちょっと覚えるのに手間がかかった部分もあるのだが。

それはともかく、元々の技量があったので、今現在の栄光の手やサイキックソーサーを交えたりして、戦闘技術が磨き上げられただけ、と言えなくもないが。

符に関しては攻撃関係の符ならばある程度作れるし、メフィストの治癒に使った符を作ったりも出来るから最低限の事は出来るのだが、暦を作るだの占いをするだのと言う本来の意味での陰陽師と言うよりも裏方、退魔“だけ”を生業としてきたのだから、それも仕方がない。

基本的に符の作成にしても禊を行い、呪符に使う紙を霊的に浄化し、符に文字を書き込む墨は特殊な調合をするなど、符を作る人間として常識以前の部分をキレイサッパリ流している。

本来なら、そんな事をしてしまえば霊符の質は落ちるし、霊力を無駄にする事になるから作業能率だって悪くなって数が作れなくなる。

なのに高島は平安の京で陰陽師、正確には退魔の術の使い手として名を馳せる事が出来た。

簡単に言えば高島は要点を理解し、必要な作業“だけ”を行っていたから。

紙の浄化や禊が不必要と言う訳ではないが、紙に意を込めて威を宿し符と成すと言う作業の本質を理解していたから、京でも有数の陰陽師と呼ばれていた。

ともかく、基本的に高島の戦闘方法は符に篭められた霊力のコントロール――普通のGSのように符に篭められた霊力に自分の霊力をプラスして叩きつけるような大雑把な攻撃ではない――して行う“術”、言霊、そして真言を用いていた。

だから、必要な事さえ理解してしまえば座学など受ける必要などなかったのだ。

流派によって多少の差はあるだろうが、普通は符に書き連ねる呪の意を学び、信仰する神について学びと、座学は当然必要な事なのだが高島は下男の頃に子の居なかった高島家当主から教えてもらった神々の話や符の意味、そして見せてもらった符の呪を丸暗記して陰陽師と名乗れるだけの実力を身につけた。

横島忠夫と言う人間は、前世の段階からすでに常識の斜め上を行くタイプの人間だったらしい。

「まぁ、なんちゅーか、難しい話聞いたら眠くなんないっスか?」

「とにかく、丁度良い機会だ、僕から学ぶのが嫌だと言っていたんだ、小竜姫様からしっかりと学ぶんだね」

「わぁったよ」

ぶつぶつ言いながらも進んで行く横島と、挑発するように横島に言葉をかける西条。

そんな二人を従える様に二人の前を楽しそうに微笑みながら歩く小竜姫。

(ああ、この人達の相手をしていたらきっと、退屈はしませんね)

修行者の大半が鬼門に勝てず、修行場に入ってこれる人間は少ない。

鬼門は主従の関係にあるから話相手になろうとはしないし、ハヌマンは数年前からゲーム三昧。

故に、退屈を持て余していた小竜姫は本人も自覚せぬままに心踊らせ、楽しげに笑う。

(横島さんが居るから、でしょうか?)

等と、平行世界からこちらに移行してきた魂の影響故にか自分の思考と感情に勘違いしながら。







「敵の気配……小竜姫さんですか」

同じ空の下、悠仁が呟いたのは今はまだ、別の話。




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あとがき


はて、説明の文章が無駄に多いです(遠い目

で、まぁ、それはともかく、高島の設定はかなり勢いで

常識的に考えて、人が使っているのをちょっと見聞きしてたら出来ましたなんて事はありえないでしょうけど、横島の前世だからそう言う事もあるかなぁ、とか

原作で『愛した事も愛された事もない』とか言ってましたが、この話では『自覚していなかっただけ』と言う事にしています

霊力があり、才能があったから先代の高島家の当主は高島を養子にしたのではなく、高島“だから”養子にした

それを理解していない理由は、丁稚として働き始めたのが八〜九歳頃、養父に懐き術を覚え始めたのが十歳頃で、その前後に養子入り

で、一年ほど修行したりして生活していた所で養父が病死、十一〜二歳前後で元服とか何かで見たので、そのまま高島家の当主に

そんな流れが前もって決まっていたかのように成立し、さらに陰陽師としての規格外の才能を疎ましいと感じた連中が裏方仕事を高島に押し付けるようになり、その結果ちょっと歪んじゃって『愛され〜』とか言い出したんです

仕事を押し付けられた時に『先代当主が云々』と適当な話をでっちあげて、自分達に高島の害意が向かないようにと小細工を行った結果、と言う事に

まぁ、そう言う裏話を考えていますが、この話に関しては番外も何もしないので、これにて終わり、と

この頃の心象が、今の横島忠夫に影響を与えている、って話で挿話みたいな事もあるかもしれませんが、それはこの先の変化次第で

それはそれとして、言霊やら符術やらは知識があれば使えそうですけど、真言って神様に言葉を伝えて請願する術ですからこの設定、ちょっと無茶過ぎるかもしれません

が、まぁ、そこら辺は横島忠夫の前世だから、と言う事で

何だか小竜姫が子供っぽくなってますが、退屈だからって鬼門の試しを無視して人を中に入れようとしたり、いきなり問答無用で素人に神剣で切りつけたりする人だから問題ないかなぁ、と

さて、話が前後編になりますけど、頑張って書きましょう

……前・中・後編どころかもっと長引いたらどうしようとか怯えつつ




以下はNTにていただいた感想に対する返信です

キャラは多いかもしれませんが一人一人スポットライトを当てたストーリーを書こうと考えていますし、メンバー総出と言うのは減って数人ずつ、と言う形になると思います

……今回もラストの部分で唐巣神父と鬼道の存在が消えていますけどね

だらだらと箇条書きと言う指摘は、ごもっともです

登場シーン、キャラの心情、話の流れをぶつぎりにして居るなぁ、と言う感覚は私にもありますので、精進します

大人になれば鬼道も男っぽくなってますけど、五〜六歳の美形な子供って男女の見分けがつきにくい場合もありますから




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